古池夜話

古池夜話

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「おにいちゃん、だりぇ?」

こう言ったのは当時21歳の女性。両手を組んで、胸にぴったりくっつけていた。

田舎から東京に出てきて、東京の暮らしが合わなかったのだろう、3年程強いストレスにさらされていたらしい。出来る限り外出しないようにして、引きこもりながら学生生活を続けていた。

いよいよ就職活動をしなくてはならないことになり、ストレスが更に強くなってしまったために、情緒不安定の状態が続き、ついには一時的記憶喪失も時々起こるようになっていた。

この時点で既に専門病院で対処せざるを得ない状況になっていたのだが、病院嫌いも相当なもので、本人の抵抗が激しく、数日間様子を見ることになった。

一日目は鬱屈した状態ではあったものの事件は起こらず、就寝。

二日目、彼女が起きたときに幼児退行が発生。

私の顔を見た瞬間、彼女が発したのが冒頭の台詞だった。
幼児退行には一時的な記憶喪失も伴う。
私は彼女にもう一度自己紹介をしなくてはならなかった。

この状況が長く続くことは望ましくない。
ストレスレベルが限界を超えてこうなったのなら、ほんのしばらくの間この状態を保ち、寝かしつけることでこの状態から元に戻るのではないか。それから数時間、彼女が寝付くまで、当り障りのない会話をするだけにとどめた。

再度目覚めたとき、幼児退行はおさまっていた。
もはや医者のケアが絶対必要なレベルだが、相変わらず病院に行くことにはひどく抵抗する。
本人が成人しているとはいえ、こうなれば両親に来てもらうほかない。
親御さんがいることでむしろ記憶喪失や幼児退行の症状が出ることは抑えられるだろうという期待もあった。

関西からその日のうちにご両親が到着。
状況を説明し、強制的にでも実家に連れて帰って、「今いる場から逃げ出す」ことがまず先決で、病院へはそこから通うべきです、と。

三人は翌日朝一の新幹線で東京を去り、彼女は地元で心療内科に通院。その後半年ほどで落ち着いたとの知らせがあった。

父親の話では、娘は小さい頃から生真面目で、自分から東京に行きたいと言ったのに逃げ出すわけにはいかないとずっと思ってたんじゃないでしょうか、と。

地元ではみんなの中心にいるような活発な子だったらしい。特に東京で辛い事件があったわけではなかったようだが、そのために「逃げてもいい理由」が無かった。

その結果、徐々に長い期間をかけて不安感、焦燥感が高まっていったのではないか。

理由がなくとも、辛くて仕方がないときには逃げなきゃいけないんだよ。自分だけで逃げられないんなら、誰かに「逃がしてくれ」って言っていいんです。