それは、横浜遠征をした、昼下がりのことでした。

その日、我々3人は、午前中はいつものように、ばらけて各々違う風俗店で遊びました。

隊長は、集合場所のいつもの中華料理店の昼食にも現れません。
 風紀がいいとはいえない風俗街です。 

我が探検隊の横浜遠征は、2~3ヶ月に1度の頻度ですが、各々が色々な店で遊ぶので、情報量が多いわけです。

けして、しょっちゅう風俗遊びをしているわけではありません。

以前同行した、還暦前の井上さんは、つい先日1人で東京の風俗店へ行き、ぼったくりにあったのです。

 還暦前のたった一つの井上さんの願い。

 それは、立たなくなる前に、若くて透き通るような色白の金髪とエッチしたい。

 横浜では、金髪が見つからず、なおかつ、我々の横浜遠征まで待ちきれず、彼は単独で東京へ遊びに行ったのです。

 一部屋をいくつかのカーテンで仕切って、布団が敷かれていたそうです。

 下着を脱いで、はい、いくら。

 胸を触って、はい、いくら。

 キスをして、はい、いくら。

 とこれを風俗ぼったくりの通称“タケノコはぎ”というそうです。

 最後は、チン○を触られただけで合計5万円の支払いでした。

 これは、高級ソープの相場と同時に、プチぼったくりの相場だそうです。

 昔は、有り金全部、いやカードの残額まで、ケツの毛まで抜かれて泣き寝入りでした。

 近年は、「ぼったくり条例」が施行されて、プチぼったくりが主流です。

 ぼったくられたと官憲に訴えても、金は戻ってこないので、訴えるのをどうしようかと悩むボーダーラインが、プチぼったくりだそうです。

 抜かれていないので、井上さんのチン○は、そそりたっています。

「もう、終わりかよ」

 と女の子に文句を言うと、女の子はさっと隠れて、入れ替わりに、やくざ風の大男がカーテンをめくって登場して、

「うちの店にいちゃもんつけるのか」

 下半身が裸の井上さんに、すごんだそうなのです。

 井上さんのあそこが、縮こまったことは、言うまでもありません。

 しかも、井上さんが店を出た後も、この大男が後ろから、駅の改札口までついてきたというのです。井上さんが、交番に駆け込まないように見張っていたわけです。

 それから井上さんは、風俗が嫌いになり、薄々風俗通いに気がついていた奥さんが大変喜んだのは言うまでもありません。

 

 井上さんの話を置田君にすると、帰りの遅い隊長への不安がますます募ります。隊長の携帯に連絡を入れても、返事はきません。食事もそこそこに、我々2人は、急ぎ足で隊長の入ったソープ店に向かいました。


 我々3人の危機管理は、ガキの頃から、何となく役割分担が決まっていました。

 隊長は、巨体なので、“威嚇”。

 私、土方は、はなはだ不本意ながら、“戦闘”という役回りです。

 子供の頃は、ぽかっ、と殴って一目散に逃げました。

 中高生になると、不良も本格化してくるので、私の役回りは、“謝罪”に変わっていきました。これも謝ったら一目散でした。

 置田君は、足が速く、学生時代は陸上部。子供の頃からの役回りは、“伝令”でした。

 

 油ににおいに、むっ、としながら、飲食店が並ぶ路地を抜けると、置田君は、しゃがみ込んで、靴の紐を結びなおしました。

 既に私は、探検隊事務局長として、警官が常駐する交番は確認済みです。

 有事の際は、置田君が脱兎の如く交番へ駆け込んで、この世に害をなす、ぼったくりに鉄槌を下すのです。

 

 隊長無事でいてくれよ。

 

 急ぎ足で角を曲がると、ソープ店の前で、隊長の大きな背中とパンチパーマで悪辣な顔をした用心棒風の男が見えました。

 隊長と向かいあっている用心棒風は、隊長よりやや年上といったところで、身長は、隊長よりやや低いものの、肩幅が広くがっしりしています。

 隊長は、仁王立ちで、怒りに身も声も震わせながら用心棒風に怒鳴っているのです。


「お前だましたな」


 隊長の怒鳴り声は、悪人をこらしめる稲妻のように、路地にこだまします。

 隊長はサムライです。

 人をだますような奴には、一歩も引かず泣き寝入りなどしない。

 隊長は、運動嫌いのただの長身の色白デブです。

 しかし、彼が怒ると、全身みるみるうちに真っ赤になり、ぷるぷると巨体を震わせる様は、まるで朱塗りの仁王様です。

 見栄えだけで評価すると、まるでこのときの様子は、お釈迦様が、この世の悪人に鉄槌を下すために使わされた仁王様のようでした。

 トラブルに巻き込まれたら、人の多いところで、大騒ぎすることです。

 多数の目があれば、悪人共も簡単には手出しができません。

 真っ赤になって、怒鳴っている隊長に、通行人が足を止めて振り向きます。

 急ぎ足の我々と2人との距離が、どんどん縮まります。

 距離が縮まるにつれ、私の心臓は、不安で和太鼓連打状態です。

 まるで、心臓が土足で踏みつけられているようです。

 用心棒風の目は、陥没したような細い奥目で、顔の皮膚は獣のように分厚い。ボクサー崩れなのか、眉毛は所々で千切れて、鼻はひしゃげて曲がり、顔の輪郭がひどく変形しています。右と左が違う顔です。

 私だったら、たった一人でこんなのを怒鳴りつけたりできません。

 それどころか、金銭をぼったくられても、小心者の私ゆえ、ひぃと悲鳴を上げて一目散でしょう。

 

 子供の頃から、金銅さんは、すごいと思っていました。

 彼は、曲がったことや弱いものいじめ、うそつきが大嫌いで、女性は嫌いじゅないけど女性が嫌っているのか、縁がなく、番長じゃないけど、我々の親分でした。

 金銅さんは、中年になった今も、たった一人で、こんなのを前に仁王立ちです。

 

 金銅さん。

 ぼったくりの悪人共なんかに、ひるむな。屈するな。

 俺たちがついているぞ。


「金銅さんは、いくら、ぼったくられたのだろうか。置田君。合図したら交番まで、後ろを振り返らず駆けろ」

 我々は、隊長の背中にぐんぐん近づきます。

 隊長は我々の到着に、まだ気付きません。

「お前さっき、『この女の子いいですよ』と言ったじゃねえか。だけど全然だめじゃねーか。オレは延長までしたんだぞ」

 ここは、天下の往来で、何人もの通行人が、用心棒風と怒鳴っている隊長を、立ち止まって見ています。

「すいません。すいません。当店で一番可愛くて人気NO.1の子だったんですけど」

 用心棒風は、ひたすら謝っていました。

 隊長は悔しそうに叫びました。

「全然あへあへ、いわねーじゃねーか。あれじゃ、つまらねーじぁねーかよ」

 私と置田君の足は、地面に吸着したようにぴたりと止まりました。想像とは違う展開に困惑して、あっけにとられて、隊長の背中を見詰めています。

「他にいい子いないのかよ」

「います、います」

 隊長は、ぺこぺこお辞儀する用心棒風に案内されて、店内へ消えていきました。

 立ち止まって見ていた通行人も、強風の前の落ち葉のように、いつの間にか消えていました。

 私と置田君は、その場から逃げるように車に戻ります。

 隊長は、我々に気がつかなかったので、周囲から隊長の連れとばれなかったことは、幸いでした。

「あー、ヤダヤダ。心配して駆けつけたら、またこのパターンか。置田君。金銅さんを置いて、埼玉へ帰ろうか」

「あんなことで、ぎゃーぎゃー怒鳴ることないのに。天下の往来でみっともないですよね」

 車に戻ると、我々は、今の一件でぐったりです。

 しゃべる元気もありません。

 置田君は、シートを倒して居眠り。

 私は疲れたと、ため息をつきながら缶ビールを飲みます。


 1時間以上して、隊長は、子供のように無邪気に、ニコニコしながら手を振って戻ってきました。

「最後の女の子は、大声であへあへとすごくて、その後も、盛り上がっちゃって、最高だったぜ」

 帰りの車中の後部座席では、いつものように隊長と私で缶ビールで宴会です。隊長はひどく興奮して、一人でしゃべっています。

 その詳細は以下の通り。


 最後の女性は、30代の中太りで、背中から足首まで、まるで、“半漁人”のようにびっしり刺青の女だったそうです。

 私と置田君は、ずっと黙って聞いていましたが、思わず、おぇーと声を上げてしまいました。

 隊長は我々の反応に頓着せず話し続けます。

 彼女は、感じちゃって、感じちゃって、あへあへ声を上げて、こっちもこの日は、3回戦目だったけど、燃え上がっちゃったよ。

 エッチした後は、彼女が缶ビールをごちそうしてくれて、

「何よ、おごりかよ。悪いな」

「いいから飲みなよ」

「じゃあ、おれシャンパンおごるよ」

「私温泉に泊まりに行きたいんだけど」と言われたりして、盛り上がっちゃったの何のってよ。彼女の携帯アドレスを聞いたりして。

 オレは、愛する妻がいるけど、女性から誘われたのは、生まれて初めてなんだ。

 こうなったら温泉に行っちゃおうかな。

 お前ら、温泉の話は、絶対絶対内緒だぞ。

 隊長は言葉だけでは、あふれ出る喜悦を抑えることができません。

 途中休憩で寄った、コンビにの広い駐車場で、

「こなきじじい」

 と叫ぶと、置田君の背中に負ぶさるのでした。

 学生時代は、陸上部の置田君の足腰のトレーニングということで、我々はよく彼に負ぶさったものでした。

 田園の中に、ポツンとある、このコンビには、横浜と我々の住む埼玉の町との中間点にあり、いつも途中休憩は、この店です。

 車内に戻ると、隊長の報告会はまだ続きます。

「最後の子は、5万円だったな」

「うえぇー。あそこの店は、2万円ポッキリと店頭に表示してありましたよ、それって、ぼったくられたんじゃないでしょうか」

 事務局長の私としては、捨てておけません。今後の為に、その店はブラックリストに載せねばなりません。

「そうかなぁ。楽しかったんで、そうゆう意識はないけどな。あっ、こんなことしゃべっている時間はないんだ。その女の子と温泉に行く、日取りを決めなきゃ」

 隊長は慣れぬ手つきで、携帯でメールを打っています。

「あっ、メール送信してもエラーで戻ってくるぞ」

 帰りの車中では、ずっと黙って聞いていた置田君が、初めて口を開きました。

「金銅さん。その刺青は、調子こいて、カモっただけなんじゃないでしょうか」

「そんなことないよ。ちゃんと約束したんだから」

 隊長は何度もメールしては、エラーで戻ってくる携帯を見詰めながら、

「おかしいな。ちゃんと約束したのにな。さっきは、女の子の携帯に送信できたのにな。携帯の故障かな」


 女性を外見で判断せず、人の心を疑わず、どこまでも少年のように純真な隊長だったのでした。