私は七年前まで家庭の主婦として、夫の仕事を手伝いながら自分も仕事を持って必死に生きて来た。




私は結婚してから離婚するまでの二十七年間、夫に対して愚痴をこぼす事なく、夫と本音で語り合う事もなく、夫の我がまま、甘えを全て受け入れて来た。
夫の夢の実現のために多くの犠牲を払って経済的にも支えて来た。


そんな私が誰に相談する事もなく離婚した。


私にとって離婚は、迷いも後悔もない決断だった。


夫にとっては「まさか本気で・・・」離婚届を突きつけられた夫の驚きは想像以上だった。


その時の私は夫の言い分も、思いも夫の立場も人生も一切考えず、聞き入れもせず初めて夫に対して自分の思いを通した。


過去を振り返り、必死で詫びる夫の言葉に私は心一つ動かされる事はなかった。



広い庭、天井の高い洋館、食器洗浄機付きのシステムキッチン、ジャグジー付きのお風呂、イタリア製の家具、カーテン、広いリビングには息子も娘も毎日弾いていたピアノ、乗り馴れたイギリス車・・・


私にとっては「虚構」でしかなかった、その全てを捨て娘を連れて新たな人生を歩み始めた。




離婚後、親戚や周りの人の中には「なんて無鉄砲な事を、どうせすぐに戻ってくるよ。」と笑う人、軽蔑する人もいた。





しかし、私にとってその家も生活ももう過去の事でしかなかった。



未練も何もない、ただ前を向いて歩くだけだった。





私らしく生きるために・・・





その暮らしは貧しかった。


狭い部屋に娘と二人、ぴったりと寄り添って暮らした。



しかし、娘も私も心は軽かった。


車のない私達は、電車賃を節約するためにとにかく歩いた。



歩く事で楽しい発見もできた。




私達にとって貧しさは心の豊かさでもあった。






あれから七年、私の行き方はあの頃とどう変わったのだろう?




私らしく生きているのだろうか?




私は物事を深く考える癖がある。


潔く決心して離婚した事に後悔は全くない。


しかし、今の自分の生き方が正しいのか、間違っているのか・・・
その回答はまだ出ていない。


「これで良いのだ。」と何も考えもせず生きる事ができない私。




道は一本ではない。




どれだけ悩み苦しみ、眠れない日々が続いても私にとって生きると言う事は「 」と

自信をもって胸を張って息子と娘に言えない。



他人にどう思われようと、そんな事はもうどうでも良い。



しかし二人の子供に恥じない生き方、私らしい生き方、悔いのない人生を終えるために・・・


「お母さんはこんな人じゃないよ!」と言う二人の言葉を裏切らないために。




このまま終わらないために・・・



あの時、全てを捨て家を出た時のように、潔く何の迷いもない決断をしたい。




そしてもう一歩、更に歩み出したい。







「良い人生だったよ。素敵な日々だったよ。ありがとう。」と最後に言えるように。





後悔のない生き方をするために・・・

 

娘と二人、新しい街で新しい生活をスタートさせて半年が過ぎた。

半年・・・・

想像もしなかった事の繰り返しの中で、娘はしかりと夢に向かってまた勉強を始めた。


Rちゃん、ごめんね。
母である私があなたを支え、あなたを助け、あなたの力になってあげなければならないのに・・・

私は母として、いいえ、親としてまったく力のない人間です。


それどころか、弱虫の私をあなたが支え、泣き虫の私の背中をいつもそっと撫でてくれました。


ありがとうRちゃん。


学校へ行きながら厳しい仕事を続ける事は、精神的にも体力的にも大変な事でしょう。


お母さんは何もできないけど、あなたに心配を掛けない事、悲しませない事・・・


そして以前の私のように鼻歌を唄いながら、笑顔でゆっくりと歩いていけるように・・・


しっかりと前を向いて歩いて行きますから。


Rちゃん、あまり無理をせず、時々愚痴もこぼしていいよ。


こんどは私があなたの背中を優しく撫でてあげるから。




「何馬鹿な事を言ってるの!」と言うあなたの顔を想像しながら・・・








シャワーを浴びながら、声をあげて泣いた。

思いっきり泣いた。




何日も何日もただひたすら考えた。

自分の力ではどうする事もできない事があった。


考えても考えても、自分では解決できない事はわかっている。


それなのに・・・私は考え込んでしまう。




そんな私がやっと・・・




私は後どれだけ生きられるだろう・・・


解決のできない事に心を痛め、悩んで生きる人生?


私のまわりにいる、私を愛してくれている人のために、私らしく優しい笑顔で、鼻歌を唄い、スキップをしながら生きていこう!


私に残された人生がどれだけかは知らない。

その日々が人を恨み、妬み、愚痴をこぼしながら生きる事などないように・・・

生きる事を楽しみ、喜び感謝しながら歩んで生きたい。


そして私のまわりの人も、幸せであるために・・・



もう自分では解決できない事を考え、悩み苦しむ事はやめよう。




随分時間が掛かったが、やっとそう思えるようになった。

いや、そう自分に言い聞かせていると言った方が正しいかも知れない。



とにかく前を向いて歩こう。


自信もプライドもない私は、これからの人生でほんの少しで良いから自信を持って生きる事を学びたい。



そして最後に「素敵な人生だった。ありがとう。」と言えるように・・・