私と彼は14歳離れている。普段は何の違和感も感じないのだが、友達及び知人、仕事場のパートさんなどに初めてその歳の差を告げた際、9割方、「はぁ!?」「ほおーーー!!」「あらまーーー!!」などといった第一声が返って来る。いかにも(おうおうスキャンダラスなネタを提供されたわい)という彼らの心の内が見て取れる。
芸能界では「歳の差婚」がどうたらこうたら言われてるけどそうか、我々もそうなんだよな。ということで改めて14年という年月について考えてみることにした。
まずは二人がそれぞれ勝手に歩んできたこれまでの人生を同時に振り返ってみる。
●私がオギャーとこの世に生を受けたとき、彼はすでに中学二年生、思春期を迎えていた。
●彼が袴だかスーツだか知らんが着用して成人式に赴いたとき私は真新しいランドセルを背負っており、小学校で「一+一=二」「あいうえお」などのおべんきょうをしていた。
●私が小学校で初めてリコーダーを習い、また音楽会で「三銃士のテーマ」を元気いっぱい演奏していたとき、彼は新入社員としてあくせく働いていた。
●私が思春期ならではのにきび面をさらし、暗くて地味な中学生活を送っていたころ彼は一つ目の会社をやめ、転職(今の会社)していた。
●彼が副店長になるやならんやの最中にいた頃、私は、エンジョイマイライフ、すったもんだの大学生活。恋愛で醜態をさらし、友達と海外へ卒業旅行に行くなど存分に謳歌していた。
●今に至る。
ランドセルとスーツという組み合わせはもはや犯罪の域である…。
やはりギャップ感は否めない…。そらおばちゃんらも心配するわな…。
次に二人が生まれた年がどんな年であったのかを歴史の復習も兼ねて振り返ってみる。
~1973年~
●時の首相はあの田中角栄、まきこさんのおとうさんある。1973年と聞いて真っ先に浮かぶのは、「オイルショック」彼の生まれた11月はちょうどオイルショックの真っ只中。1954年から続いていた日本の高度経済成長期は1973年をもって終わりを告げる。 「おかあちゃーんトイレットペーパーがないよーーー」
●第二次ベビーブームとも言われるほど赤ちゃんがいっぱい生まれた年。ちなみに私の崇拝する堺雅人さんもこの年に生まれた赤ちゃんの一人。
●ゴキブリほいほいや電子ピアノ(日本初)オセロゲームなどがヒット商品。若者の間でバギーパンツ及びジーパンつぎはぎルック(!?)なるものがブームに。
流行語は「狭い日本、そんなに急いでどこへゆく」「節約は美徳」「あんたも好きねぇ」「ちょっとだけよ」
●70年代アニメ みなしごハッチ、天才バカボン、デビルマン、ど根性ガエル、ドラえもん(第一作)キューティーハニーなどなど。
●子どもの名前人気ランキング一位は誠、陽子。二位は剛、裕子
~1987~
●時の首相は中曽根康弘、プラザ合意で円高わっしょい世間はいけいけどんどんバブル経済真っ只中。この頃就職した人達がいわゆる団塊の世代。次いで竹下登、リクルート事件。賄賂の人だね。わ。い。ろ。
●この年に生まれた有名人。辻ちゃん、加護ちゃん。ユッキーナ、北川景子、長澤まさみ他。
●自動パン焼き器、アサヒスーパードライ、花王「アタック」などがヒット商品に。若者ファッションはボディコン、ミニスカ、アメカジなどなど。流行語は「懲りない○○」「ゴクミ」「サラダ記念日」「朝シャン」
●80年代アニメ じゃりんこチエ、きん肉マン、キャプテン翼、ドラゴンボール、ひみつのアッコちゃん、あんみつ姫他
●子どもの名前人気ランキングは達也、愛。二位は拓也、愛美
…1987年も十分昔のことに思えるが、それ以上に70年代はなにやら古臭いのう…。
とまあ、つらつらと書き連ねていったが、何が言いたいのかというと!
彼が14歳になるまで私はこの世に存在すらしていなかったわけで。私が誕生しても二人は全く違う場所、全く違う世代を生きてきたわけで。彼が生きてきた37(もうすぐ38!)の人生の中で私と関わったのはたったの一年。そんな私達が今同じものを見て笑って同じことで楽しんでいる今の状況は奇跡に近いということ。
そうやって考えると、世代の差に限らず、違う道を選択していれば決して出会うことのなかった友達、先輩、後輩、先生、同期、上司、部下などなど…彼らは奇跡が巡りめぐって出会い、関わることのできたかけがえのない人達なのである。
特に友達や彼はありがたいわな。究極のずぼらやであかんたれですっとこどっこいな私と遊んだり、笑ったり、泣いたり、一緒に楽しんでくれる人たちのこと、常日頃から感謝の気持ちを忘れず、一生大切に思っていきたい、そんなことを秋の夜長に考える今日この頃なのであった。
芸能界では「歳の差婚」がどうたらこうたら言われてるけどそうか、我々もそうなんだよな。ということで改めて14年という年月について考えてみることにした。
まずは二人がそれぞれ勝手に歩んできたこれまでの人生を同時に振り返ってみる。
●私がオギャーとこの世に生を受けたとき、彼はすでに中学二年生、思春期を迎えていた。
●彼が袴だかスーツだか知らんが着用して成人式に赴いたとき私は真新しいランドセルを背負っており、小学校で「一+一=二」「あいうえお」などのおべんきょうをしていた。
●私が小学校で初めてリコーダーを習い、また音楽会で「三銃士のテーマ」を元気いっぱい演奏していたとき、彼は新入社員としてあくせく働いていた。
●私が思春期ならではのにきび面をさらし、暗くて地味な中学生活を送っていたころ彼は一つ目の会社をやめ、転職(今の会社)していた。
●彼が副店長になるやならんやの最中にいた頃、私は、エンジョイマイライフ、すったもんだの大学生活。恋愛で醜態をさらし、友達と海外へ卒業旅行に行くなど存分に謳歌していた。
●今に至る。
ランドセルとスーツという組み合わせはもはや犯罪の域である…。
やはりギャップ感は否めない…。そらおばちゃんらも心配するわな…。
次に二人が生まれた年がどんな年であったのかを歴史の復習も兼ねて振り返ってみる。
~1973年~
●時の首相はあの田中角栄、まきこさんのおとうさんある。1973年と聞いて真っ先に浮かぶのは、「オイルショック」彼の生まれた11月はちょうどオイルショックの真っ只中。1954年から続いていた日本の高度経済成長期は1973年をもって終わりを告げる。 「おかあちゃーんトイレットペーパーがないよーーー」
●第二次ベビーブームとも言われるほど赤ちゃんがいっぱい生まれた年。ちなみに私の崇拝する堺雅人さんもこの年に生まれた赤ちゃんの一人。
●ゴキブリほいほいや電子ピアノ(日本初)オセロゲームなどがヒット商品。若者の間でバギーパンツ及びジーパンつぎはぎルック(!?)なるものがブームに。
流行語は「狭い日本、そんなに急いでどこへゆく」「節約は美徳」「あんたも好きねぇ」「ちょっとだけよ」
●70年代アニメ みなしごハッチ、天才バカボン、デビルマン、ど根性ガエル、ドラえもん(第一作)キューティーハニーなどなど。
●子どもの名前人気ランキング一位は誠、陽子。二位は剛、裕子
~1987~
●時の首相は中曽根康弘、プラザ合意で円高わっしょい世間はいけいけどんどんバブル経済真っ只中。この頃就職した人達がいわゆる団塊の世代。次いで竹下登、リクルート事件。賄賂の人だね。わ。い。ろ。
●この年に生まれた有名人。辻ちゃん、加護ちゃん。ユッキーナ、北川景子、長澤まさみ他。
●自動パン焼き器、アサヒスーパードライ、花王「アタック」などがヒット商品に。若者ファッションはボディコン、ミニスカ、アメカジなどなど。流行語は「懲りない○○」「ゴクミ」「サラダ記念日」「朝シャン」
●80年代アニメ じゃりんこチエ、きん肉マン、キャプテン翼、ドラゴンボール、ひみつのアッコちゃん、あんみつ姫他
●子どもの名前人気ランキングは達也、愛。二位は拓也、愛美
…1987年も十分昔のことに思えるが、それ以上に70年代はなにやら古臭いのう…。
とまあ、つらつらと書き連ねていったが、何が言いたいのかというと!
彼が14歳になるまで私はこの世に存在すらしていなかったわけで。私が誕生しても二人は全く違う場所、全く違う世代を生きてきたわけで。彼が生きてきた37(もうすぐ38!)の人生の中で私と関わったのはたったの一年。そんな私達が今同じものを見て笑って同じことで楽しんでいる今の状況は奇跡に近いということ。
そうやって考えると、世代の差に限らず、違う道を選択していれば決して出会うことのなかった友達、先輩、後輩、先生、同期、上司、部下などなど…彼らは奇跡が巡りめぐって出会い、関わることのできたかけがえのない人達なのである。
特に友達や彼はありがたいわな。究極のずぼらやであかんたれですっとこどっこいな私と遊んだり、笑ったり、泣いたり、一緒に楽しんでくれる人たちのこと、常日頃から感謝の気持ちを忘れず、一生大切に思っていきたい、そんなことを秋の夜長に考える今日この頃なのであった。