ラリック
今日はサロンにあるラリックのガラスを紹介!
一枚目

二枚目

三枚目

ラリックのガラス工芸品は、動物、女性像、花などのモチーフを好んで用いたデザインが特色である。
素材としては乳白色で半透明のオパルセント・グラスを好んで用いた。これは、光の当たり方によって色合いが微妙に変化するものである。
1908年、ラリックはコティの注文により、香水瓶とラベルのデザインをした。優美なデザインの瓶に香水を詰めて販売するというのは、当時においては斬新な試みであった。同じ1908年、ラリックはパリ東方のコム=ラ=ヴィルにあったガラス工場を借り(のちに購入)、本格的にガラス工芸品の生産を始めた
1918年にはアルザス地方のヴァンジャン=シュル=モデールに新たな工場の建設を始め、1922年(1921年とも)年に完成した。これが、21世紀の今日まで続くラリック社の起源である。
1920年代から1930年代のラリックは、「パリ号」、「イル=ド=フランス号」など大西洋横断航路の豪華客船やオリエント急行の客車などのインテリア(ダイニングルームなどのガラス天井、装飾パネル)を担当した。また、レストラン、ホテル、邸宅などの装飾、ステンドグラス、噴水など、さまざまな分野に活躍の場を広げた。シボレーやジャガー、ロールス・ロイスなどのカーマスコット(自動車のボンネット先端に付けた装飾)作品も多数ある。 (ウィキ参照)
ぜひ見に来て下さい(・ω・)/
一枚目

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ラリックのガラス工芸品は、動物、女性像、花などのモチーフを好んで用いたデザインが特色である。
素材としては乳白色で半透明のオパルセント・グラスを好んで用いた。これは、光の当たり方によって色合いが微妙に変化するものである。
1908年、ラリックはコティの注文により、香水瓶とラベルのデザインをした。優美なデザインの瓶に香水を詰めて販売するというのは、当時においては斬新な試みであった。同じ1908年、ラリックはパリ東方のコム=ラ=ヴィルにあったガラス工場を借り(のちに購入)、本格的にガラス工芸品の生産を始めた
1918年にはアルザス地方のヴァンジャン=シュル=モデールに新たな工場の建設を始め、1922年(1921年とも)年に完成した。これが、21世紀の今日まで続くラリック社の起源である。
1920年代から1930年代のラリックは、「パリ号」、「イル=ド=フランス号」など大西洋横断航路の豪華客船やオリエント急行の客車などのインテリア(ダイニングルームなどのガラス天井、装飾パネル)を担当した。また、レストラン、ホテル、邸宅などの装飾、ステンドグラス、噴水など、さまざまな分野に活躍の場を広げた。シボレーやジャガー、ロールス・ロイスなどのカーマスコット(自動車のボンネット先端に付けた装飾)作品も多数ある。 (ウィキ参照)
ぜひ見に来て下さい(・ω・)/



