東大和市行ったり来たり -6ページ目

東大和市行ったり来たり

東大和市内を気ままに散歩します

 新宿方面からの青梅街道と立川方面からの合流で、巧みに信号処理されて、あっという間に通過する交差点ですが、かって、この地に「青梅橋」がありました。青梅街道が野火止用水をわたるために架けられた橋でした。

 交通が頻繁になり、野火止用水がこの周辺では暗渠化されているので、橋はなくなりました。交差点に地名だけが残ります。東大和市と南方面の主要な結節点の一つです。そのため、つい、歴史を追いたくなります。

 

 

青梅街道の位置は現在と大分変わっていて図のような形をしていました。




 

 青梅成木から石灰を運ぶ道を青梅街道と呼びますが、東大和市域内では道筋が変わりました。最初は江戸街道(東大和市域では概ね現在の新青梅街道)を通って、田無の橋場ま行きました。次いで、石灰中継場である小川宿の完成した後に、青梅橋を通りました。東大和市域では現在の桜街道がその道筋に当たります。野火止用水が開削されたのは承応4年(1655)です。その後、明暦2年(1656)小川宿が開かれ、石灰輸送のルートが変わって、青梅橋が架けられたのでしょう。



 
現在は橋の欄干だけが残されています。そこには「おをめばし」と刻まれています。

 

(注)講座の皆様 

 画像を中央に置きました。アメーバの画像の設定 配置の欄で画像を「中央に配置」をチェックすると画像が中央に置けます。