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かつて「いい人」「優しい人」

と言われることが当たり前でしたが

 

2025年は 脱・いい人 を目指しています。

 

 

私は、いい人をやめるって

無意識に「悪い人になる」だと思ってたみたいで

なかなかできずにいました。

 

 

嫌われるのも怖いし

全世界の人に好かれないとダメだと

無意識に思っているところがあったので

 

いい人をやめたい、と思っていても

本当はやめたくないから

何年も進まずにいました。

 

 

でも、最近ようやくわかったんです。

 

いい人をやめるって

自分の本心、本音を大事に聞くこと。

そして、自分の本音を優先させること。

 

 

許してほしいと言われても

自分が納得いかなければ許さなくていい。

 

聞きたくない話をぶつけられても

その話に耳を貸さなくていい。

 

知りたくもない情報をもらわなくていい。

 

今じゃないと思うことを強要されても

「今じゃないのでやらない」と言っていい。

 

私は関係ないので巻き込まないで

と言ってもいい。

 

私の時間は私の自由に使うんだと

胸を張って宣言してもいい。

 

 

少しずつ、自分に言い聞かせて

行動しています。

 

 

ときには、罪悪感がすごいこともある。

 

でも、罪悪感って「感情」だから

現実に起きている事実ではない。

 

過去の体験とか、記憶から紐づけて

「あーこんなことして申し訳ない」

と思ったり

 

世間の常識とか、人から責められそうで

「本当はこんなことしちゃダメなのでは」

と考えてしまう。

 

 

でも、私なりに結論づけたのは

 

・私には1日24時間しかなくて

時間は全て私の体の命である

 

・望まない誰かのために時間を使うことは

私に対する裏切り行為である

 

・今までと同じやり方をしていたら

ずっと私は私に裏切り行為を続けてしまう

 

・だから私の中の常識を書き換えて

今までと違う行動を取らないと変わらない

 

 

私の中の私が

「人としてどうなの?助けなくていいの?」

と問いかけてくるときは

 

「私ではない誰かが助けてくれるから大丈夫」

と答えています。

 

 

いい人をやめることで

私が新しい世界が広がっていきます!

前回の記事の続きです。

 

絶対必要なことその1は

多視点で物事を見ること、でした。

 

 

多視点で見るようになったら、次は

物事をフラットに捉える。

 

フラットは、私としては最強です。

なぜなら、私は感情に振り回されるのが

本当に嫌になっていたからです。

 

どんなイメージかというと

「これを絶対叶えたい!叶わないとダメ」

というのではなく

「叶えたい。でも叶わなくてもまあいいか。

どっちにしても私がいい方向に向かってることは変わらない」

くらいに平坦なかんじ。

 

「え、こんな思う通りになって人生最強になってる?

この後なんか不幸がやってきたりしない?」

とビクビク心配するのではなく

「なんか色々やってたら最強になってきて嬉しい」

くらいにふつーに喜ぶかんじ。

 

 

今の自分が満たされていると、

少しずつフラットに捉えられることが増えてきます。

 

モチベーションとかテンションとか

上がったり下がったりしすぎない。

 

喜びに舞い上がってふわふわしたり

憎しみを募らせて恨んだりしない。

 

一つのことに執着しない。

執着して選択の道を狭めない。

 

人間らしくないようにも感じますけど

喜んだり悲しんだりするのは全然OK。

 

執着して追い込む必要があるときは

手段として意図的にすればよくて、

手段を目的にすり替えない。

 

 

この2つが必要だと感じている理由は、

うまく言葉で伝わるかわからないんですが

 

自分の人生の操縦性を誰かに奪われないため

なんです。

 

良くも悪くも情報過多の現在、

私たちは簡単にマインドコントロールされます。

 

それはもう、鮮やかに軽やかに

無自覚のうちにされます。

 

特に、自分の中に不安や悩みがあると

悩みの解決につながりそうな音や言葉は

するっと心に入ってきます。

 

生きてるうちに悩みはなくならないので

ほぼ全員がコントロールを

される可能性を持っています。

 

自分が今本当に解決したいことか

もっと優先することがあるとしても

言われた解決方法に誘われてしまうのです。

 

 

誘われて良いタイミングで自分で動いたら

人生好転することもあります。

誘われることがダメ、ってことではないです。

 

自分が操縦席に乗っている姿を想像してみてください。

 

目的地に向かって進めようとしていると

いろんな情報が目に、耳に飛び込んできます。

 

そのときにあなたが多視点で見られたら

「今の私に必要かどうか、後でもいいか」

「どの手段がベストなのか」

「私が今本当に求めていることは何か」

などがわかると思うんです。

 

そして、道が間違っているとわかっても

多視点でフラットに捉えることができれば

「道はつながっているから大丈夫」

「いつかはどこかに着くから平気」

などと立て直すことができますよね。

 

「どうしていいかわからない😭」

「もうここでしぬしかない」

とパニックになりにくいと思います。

 

若い人とか、経験値が必要な人とか

感情のジェットコースターが

まだ必要な人はいるかもしれません。

 

納得のいくまで乗ってもいいですが

今の時期は感情を揺さぶられると

まあまあ生きづらいかなと個人的には思っています。

 

2025年も後半戦です。

周りの現実で何が起こっていても

多視点で物事を見てフラットに捉えて

今日の自分がやることをやっていきましょう。

 

ちなみに、何もできていなくても

生きていることが体験そのものですからね。

気楽にいきましょう。

 

気づけば2025年も8ヶ月目に入りますね。

 

最近ひしひしと感じていることがあります。

 

これから先に絶対必要な心構え、考えかたがある。

 

 

一つめは、多視点で物事をみること。

 

 

薄々感じているかもしれないけど

見えている部分だけが真実ではなくて

他にもいくつも可能性があります。

 

 

身近な例を挙げると、

知りたいことがあるときに

ネットで調べる、メールで問い合わせをする

フリーダイヤルの問い合わせなど

自分に合う方法が複数あります。

 

 

他の例として私のマインドセッションの話を。

 

私は相談者様に

「少しでも多くの視点を自分のものにしてもらう」

ように心がけてお話をしています。

 

視点が一つでも増えると

今の自分を肯定できるようになったり

本当に大事にしたいことがわかったり、

無理だと思っていたことが

強要されなくてもできるようになったりします。

 

見えてくるから、安心感が生まれて

できなかったことも動きやすくなるんです。

 

 

そんな感じで多視点でみるようになると、

自分の身に起きるいろいろなことに対して

違う見え方もできるようになり

自然と行動が変わってきます。

 

 

特に、ネガティブなことは

落ち込んで動けなくなったりするので

いろんな視点から観察して客観視すると

長く引きずらなくなります。

 

 

視点を増やす、というのを

違う言葉で表現すると

 

次元を上げる

周波数を上げるなど

ちょっとスピっぽくなるので

私は「視点を増やす」という言い方を

好んで使っています。

 

 

捉え方の注意としては、

視点の位置は常に自分です。

 

相手から見る視点は必要ありません。

 

教育でよく

「相手の立場を考えて思いやりを持とう」

「このことを相手がどう感じると思う?」

なんてことを教わった経験から

 

私たちはついつい

自分以外の誰かのことを考える癖がついてます。

 

自分以外のことは、本当は誰もわからないのです。

わかったふりをしてるだけ。

 

なので

自分の位置はしっかり固定して。

 

そして、今までと違う視点で見るのです。

 

 

長くなってしまったので

もう一つ必要なことについては

次の記事にしますね。

 

 

 

今日は参議院選挙の日ですね。

 

最近知り合った若いママさんが

「全然投票に行ったことがない」

という話をしていました。

 

小さいお子さんが3人いて

忙しいからというわけでもなく

大人になってから行ったことがないらしい。

 

今回の選挙の話をママ友として

行ってない話をしたら馬鹿にされたから

今回は行こうかな、と言っていました。

 

周囲がインスタで「選挙行こう!」と

投稿するのがトレンドになっているらしく

「選挙行かないのが流行遅れ」

みたいな空気感になっているらしいです。

 

おもしろいなーと感じたけど

どんな理由でも、いく方がいいと

私は思っています。

 

「うちの子たち、成人して選挙にいけるの

結構楽しみにしてましたよ」

と彼女に言ったら驚いていました。

 

年代や価値観の違いもいろいろあるのかも。

 

 

実際、私の娘は初選挙なので

一緒に投票所に行きました。

 

行く直前に、ネットで候補者を調べて

それぞれの公約を読んで迷っていましたよ。

 

 

選挙結果がどうなるか、

その後の世の流れも気になるところですが

 

私個人としては、日々のことを

淡々と進めていく以上にできることもなく

世のことに振り回されないように気をつけています。

 

うっかり命を落とさないように注意して

周りの大事な人と安心して暮らせるように

頑張っていきたいと思います。

今日は、睡眠時間からの自己肯定のお話。

 

私は、たくさん寝ないとダメな体質。

 

今日、土曜日は寝坊ができる曜日なので

「目覚ましはかけない」と決めて

自然と目が覚めるまで寝る贅沢をしました。

 

昼前に起きて、

改めて寝た時間を計算すると

9時間半ほど。

 

そう、私は日本人の平均値とされる

「1日7時間半」では足りないのです。

 

最近になってようやく

「たくさん寝ると満たされていいな」

「いっぱい寝られてよかった」

と寝坊を肯定できるようになりました。

 

少し前までは、

寝ることに罪悪感を感じていました。

 

ロングスリーパーであることが

「私はダメな人間だ」と感じることに

繋がっていた、体験談です。

 

 

私は睡眠時間の話題を人とすると

「睡眠時間が短いマウント」

をたびたび感じました。

 

子育て中疲れて子供と昼寝すると話すと

 

「えー昼寝なんてするの??

昼寝してる時こそ自由なチャンスじゃん。

昼寝は時間がもったいなくて無理」

 

なぜ昼寝する人が馬鹿にされるんだろう?

昼寝するのって悪いことなのかな、

とモヤモヤしました。

 

 

疲れて早寝をすることを人に話すと

「そんなに早く寝るの?子供みたい」

と笑われたこともありました。

 

体調不良で受診して医者に

「何時間くらい寝ているの?」と聞かれ

「6-7時間くらい」と答えたら

「十分寝てるから問題ない」

「寝すぎるのもよくない」と言われて

たくさん寝るのはダメと思っていました。

 

若い頃は母親からも

「たくさん寝てるのに眠いのはおかしい」

とよく言われていましたね。

 

 

そんないろいろな価値観を聞いて

「ダメな体を持ったダメな私」

とずっと思っていました。

 

睡眠時間が短いのにいつも元気、

みたいな人が正解だと思ってました。

 

私がそういう思考だったせいなのか

短い睡眠肯定派の人に

「体が整ってないから睡眠が必要なんだ」

「まずは体を整える努力をしなさい」

と言われることもあって

寝ること自体に罪悪感を持っていました。

 

 

今は、家族に合わせて

早く起きないといけない日は

少しの隙間時間を見つけて

寝たい時に睡眠時間を確保しています。

 

私の周りに

「なんでそんなに寝てるの?」

ととがめる人がいないから。

 

私自身も、とがめなくなったから。

 

寝れば体調がよくなるのなら

体が必要なだけ寝たらいいよね

と心から思えるようになったからです。

 

 

実際、1日9時間も寝てしまうと

あっという間に夜が来てしまい

やろうと思っていることが

なかなか進まないデメリットもあります。

 

1日24時間という枠は

動かせないので、

やろうと思っていることを

減らしたり先延ばしをしています。

 

何日もやれないと

「あれも、これもやらなきゃ」

と焦ってしまうので

睡眠とやることのバランスを

うまくとっていくのが課題です。