前回の話はこちら
治療とは関係ないですが、1度目の死産をしてから一番乗り越えるのに辛かった出来事があります。
それは、死産した年に妹が第二子を出産したことでした。
同い年の子供を産んで、一緒に育休とって出かけよう!!と第二子を先に妊娠していた私から提案していた事。
安定期すぎていたし、まさかその一か月後に死産になると思っていなかった![]()
(友達にはこんな無神経なこと言わないよ)
どこか調子乗ってたんだろうな。
妊活するとすぐに妊娠する妹は、私が死産した時には実は妊娠していたのです。
私がそんな状態なので、しばらく妹は妊娠のことを言えずにいました。私は全く気づきもせず、普通に遊んでいました。
でも、死産して1か月くらい過ぎたころかな、私が妊娠(流産だったけど)した事を伝えた時に妹も妊娠していることを知りました。
死産していなかったら同い年の子。
赤ちゃんや妊婦さんを見るだけで辛かった私は、こんな身近でお腹が大きくなっていく姿を目の当たりにできず、
この日を境に妹に会うことが出来なくなりました。
比べたって仕方がないけど、
治療してやっと授かっても死産した私とは真逆の世界を生きている。
第一子の時もそうだった。
耐えられませんでした。
(あの時は本当にごめんねと思う。)
しばらくしてお墓参りに母がわざわざお線香をやりにお寺まできてくれた日、私は初めて大きな声を出して泣きしました。
なんで私は産めなかったんだろう。
会いたかった。育てたかった。
妹の子供が生まれても会えない!!
泣き散らかしました。
その日だけ、その日だけは母に弱い自分を見せました。
そして妹は何のトラブルもなく出産の日を迎えました。
半年以上会っていなかったし、本当に会いにいけるかわからなかったけど、出産の日は年末年始、ちょうど私が実家に帰っているときに電話が鳴りました。
産まれたって!
私は聞こえないように部屋に閉じこもって泣きました。
父と母を車に乗せて、私が運転し、産院へ向かいました。
この状況で会いに行かなかったらおかしいよね。
車の中で何を話したか全然覚えていないけど、平静を装っていたと思います。
産院について2番目の姪っ子ちゃんと対面。
正直、本当に辛いの一言でした。
妹にも久しぶりに会ったし、かける言葉も見当たりません。
生まれたてホヤホヤの赤ちゃんを見ると死産した時のことがフラッシュバック。
私も生きた赤ちゃんを抱きたかった。
その時、治療どころか抗がん剤治療してた私には拷問でしかない
と心の中で何度も思いました。
少し話をしていたら、私の長女なっちゃんが「帰る帰る
」と泣き出したので病室をでました。
私の気持ちが伝わっていたのかな?
廊下で涙を堪えることが出来なくなってしまった私は、先に帰ると母に伝えて病室をあとにしました。
なっちゃん、タイミングよくぐずってくれてありがとう。
その後もしばらく妹には会う事が出来ず過ごしました。
次妊娠したら会いに行こう!!!
何度も何度も心の中で決めて、治療に専念する日々でした。
でも、こんな考えだから妊娠出来ないのかな。
とあるとき思うようになって久しぶりに母を連れてみんなで集まってからはまたいつもの仲良し姉妹に戻ることができています。
時間が解決してくれる。
完全には無理だけど、本当にそうだなと思います。
次回からはまた治療の話に戻ります。
最後まで読んでいただきありがとうございました
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アジコの治療歴
- 不妊治療クリニック転院
5軒→6軒でした
- 採卵15回以上
- 死産2回、初期流産2回、化学流産3回
- 絨毛存続症で抗がん剤治療
- 大出血で子宮動脈塞栓症カテーテル手術経験
- 不育症治療経験





