ワタシが高校の青春真っ只中の昭和56~58年は正にプロレスブームで、とりわけアントニオ猪木さん率いる新日本プロレスが抜きん出ていました。
ファンに取って3年越しの一大イベントであるIWGP世界統一戦が最重要関心事でありました。

昭和58年6月2日、蔵前国技館。
猪木のIWGP制覇を信じて疑わなかったワタシは翌日の新聞を見て、腰を抜かすほどたまげ、そしてショックに打ちのめされました。
無敵の闘魂がハルクホーガン選手にKOされたどころか、意識を失い病院に搬送されてしまったとは…
テレビ中継は後日だったので猪木失神を知りながら番組内で敗北を確認するのはとてもつらい事でした。


それにしてもプロレスブームの頃、エース・アントニオ猪木は怪我、病気でかなりの期間欠場していました。猪木さんだけではなくタイガーマスク初め、層が厚かったのでしょう。

猪木が燃え、タイガーが跳び、長州・藤波が討ち、古館・小鉄が吠えた金曜夜8時。

大切な思い出です。