発達障害者の本当の生き辛さ
発達障害を持っているとなぜこれほどまでに生き辛いのだろうか。もちろん個人差はあるのだろうが自分の場合は生き辛さをよく感じる。発達障害に関する記事を読むと特性を工夫によってカバーすればよいという記事が出てくる。確かに工夫をすればカバーの出来る特性もあるだろう。一見合理的な解決策に見えるだろう。しかし、自分の思う発達障害の本当の恐ろしさはそんなところにあるのではない。発達障害の本当の恐ろしさは生まれつき持っているところにあるだろう。そう、工夫というものがまだわからないという時期からあるのが問題なのだ。しかも、子供というのは本能のままに生きているので、小さい子が相手だと発達障害者を変わり者だとみなし、集団から排除してしまうこともある。子供は学校に行くのも大変、家でも親に怒られるという負の連鎖があっという間に完成してしまう。もちろん、こうならない人もいるのは理解している。ただ、こうならない人は障害が軽度、もしくは学校,親の手厚い支援が必要になる。周りにも負担がかかりやすいというのが現実なのだ。教育で発達障害は個性だというのは簡単だ。しかし、発達障害者本人が自分の特性を個性だと思えるくらい支援が行き届いているのかは甚だ疑問だ。