学校で、教師による体罰が大きく取り上げられてますが...。
学校側 教育委員会 教師に 問題ありですよね。
何故
教師は生徒に対し余りにもいきすぎた体罰の行動に走ってしまうのでしょうか
部活の顧問であっても、もっと違う指導等があってもよいのかと思われます..。
(ま、是も時代の流れの一つなのでしょうか。)
何かしら
このような問題等が起きると学校側はじめ
教育委員会側は、隠蔽などもして
何もなかったように隠し
終わらせようとするのが
お役所体質と同様に似た感じです。
学校側の印象が悪くなるから
教師側の今後の評価に響くから
校長 教頭 教育委員会 等で
移動も含む(天下り)での今後に響くから
責任取りたくないからであります。
私達の頃はもっと激しかったですね。
往復びんたは当たり前(口の中が切れるほど 鼓膜が破れるほど 腫れたり)
長時間に及ぶ正座
などなど他にも沢山ありました。
想ったもんね。
学校行きたくねぇーなぁ。
教師がでけー面してて学校そのものがつまんねぇー。
教師がまるで生徒に喧嘩をうってるようなものですよ。
いつか
この教師をぶん殴って病院送りにでもしてやろうって生徒は誰しも想うものです。(あの時の仮を返してやろうってね...。)
部活でも
普段の学習でも
生徒一人ひとり
いろんな個性 考え等を
持っているんですから
もっと生徒の意見等も教師ならば親身になって聞き入ってもいいのではないでしょうか。
それを、逆方向に考えては何もかも駄目になるようなものです。
新聞に、元巨人軍投手 桑田真澄さんのが
記載されてました。
同じチームメイトであってもキャプテンに全ての責任を負わされ
平手打ち・けつバット・されたりもあったようですね。
体罰が原因で好きだった野球を突然嫌いになり
今までやってきた自分なりの努力とやる気を失わせるって事もいけないですよね。
子供が仕返し出来ないから体罰をし続ける。
一番ひきょうなやり方でスポーツする資格はない
教師が、自分の子供がこのような目にあったらなんと思うでしょうか...
部活の顧問であっても、スポーツの理論
コミュニケーションを勉強して
時代にあった指導が必要との事だ。
指導者は体罰が当たり前での考えで教えるのではなく
ヒントを与え考えさせ
生徒一人一人の個性を伸ばしていくのも
学校教育の中での
一つのやり方ではないでしょうか。
体罰だけでは
何も解決は致しません。
学校での教育って
何のためにあるのでしょうか…?



