毎年3月になると「引越しをすることになったのですが、水槽の移動はどのようにすれば上手くいくでしょうか?」というご質問をよく受けます。
今回のTipsでは、この「水槽の引越し」に際して知っておくと役に立つ、いくつかのノウハウをご紹介してみたいと思います。

皆さんはアクアリウムフェアを見に行かれたことがありますか?そこには美しくレイアウトされた大小様々なサイズの水槽が数多く展示されています。アロワナなどの大型魚が悠々と泳ぐ大型水槽もあれば、水草が緻密に植えられた水草レイアウト水槽まで、アクアリストならずともわくわくするような夢の世界がそこにはあります。

しかしそれらの水槽は、その会場で一からレイアウトされたものばかりではありません。プロショップが展示している水草レイアウト水槽などは、事前に何ヶ月もかかって製作されたものが、景観が崩れないように車に載せられて、慎重に会場まで運び込まれてきたものなのです。

まさにこのプロが行なう展示水槽の移動作業の中に、失敗することなく「水槽の引越し」をするためのノウハウが数多く隠されているのです。知っておかれるときっと何かのお役に立つと思います。

多くの場合、展示水槽の移動作業は当日の朝から始められ、その日のうちに会場に運び込まれて復元されます。したがって展示会場までの距離が遠すぎてその日のうちに搬入が不可能と思われるようなケースでは、あまりにも準備がたいそうになることから最初から出展は敬遠されます。関東方面で行なわれるアクアリウムフェアに、関西のプロショップの作品がほとんど展示されないのはこのためです。

それはさておき水槽の移動作業の手順の話を進めます。

最初に水槽内の魚を取り出すと言いたいところですが、当たり前のように水槽内からは生体はあらかじめ別の水槽に移動されています。魚を移動日当日になってから掬い出しているようでは、水草が抜けたり飼育水が濁ってしまったりして作業効率が落ちてしまうからです。しかもそれらの魚たちは2日前から絶食させてあります。これは移動中のナイロン袋の中で魚が糞をして水を汚さないための処置です。

魚はナイロン袋に酸素詰めされた後、新聞紙を敷き詰めた発泡スチロールの箱に収容されます。この時一つのナイロン袋の中にすべての魚を入れるのではなく、複数の袋に小分けにすることによって擦れによるトラブルを予防します。季節によって必要とあらば使い捨てカイロを発泡スチロールの箱の中に入れて保温しながら輸送します。

次に水槽内の飼育水をホースポンプを使って抜きます。ところがここで一番大きな問題に直面するのです。

この水を会場まで持っていくべきかどうか・・・?

この問題は多くのプロショップが悩む問題であると同時に考え方が分かれるところでもあります。

基本的に飼育水は持って行った方が会場での作業はらくになりますし、なによりも水槽の立ち上げがスムーズに行なわれます。出品慣れされているプロショップの中には車の中に大型のポリタンクを常設されていて、水中ポンプを利用して注排水が簡単に出来るように工夫されておられます。

反対に飼育水を一切持っていかない場合は、会場でホースが利用出来ればラッキーなのですが、運が悪ければバケツリレーに頼るしかありません。この場合一番問題になるのは水温です。夏場なら水道水の温度もほどほどに温いのでさほど問題はないのですが、冬場の冷たい水道水を直に水槽に入れるわけにはいきません。この場合、熱湯をポリタンクに入れて持参することによって解決するしか方法がありません。もちろんカルキ抜きのコンディショナーを使用しますが、同時にテトラのアクアセイフを入れておくことが、魚にストレスを与えないためとろ過バクテリアをスムーズに回復させるための重要なポイントとなります。

話は戻りますが、ひたひたまで水が抜かれた水槽は、水草が枯れないように濡れた新聞紙などをかぶせた後、発泡スチロールの板や破片などを利用して出来るだけレイアウトが崩れないように固定されます。もちろん底床材はそのままの状態であり、ほとんどの水草も植わったままです。流木が入ったレイアウトではあらかじめ取り出せるものは取り出しておきます。

60cm以上のサイズの水槽の場合は必ず二人がかりで持ち上げ、あらかじめ用意しておいた水槽の底面よりもやや大き目にカットした厚手のコンパネの上に載せます。このように濡れたままの底床材が入った状態の水槽は想像以上に重く、90cmクラス以上の水槽ともなるとコンパネに載せて持ち運びしない限り、輸送中に水槽が割れてしまう危険性があるのです。

いよいよここからが本題です。大切なろ過器は、どのようにして移動するのがベストなのでしょうか?

展示水槽の場合、水槽は移動後すみやかに立ち上げる必要があります。翌日からは朝から大勢の来場者がお見えになるのですから、飼育水の白濁りなど許されるはずがありません。輝くようなピカピカの水を瞬時に作らなければならないわけです。まさにプロの腕の見せどころと言った場面でもあります。

このピカピカの水は、秘密のコンディショナーを入れて作るわけでは決してありません。もし使用するものがあるとすれば、ろ過バクテリアの回復を促進さすために『BIOスコール』などのバクテリア液の投入とエアーレーションです。まれに底床材を舞い上げてしまって濁りが気になる場合にのみ、細かな浮遊物を大きな粒子にしてフィルターで漉し取る作用をする「白濁り除去剤」を使用することがありますがあまり一般的なやり方とは言えません。

要するに移動日の朝まで稼動していたフィルター内のろ過バクテリアを、いかに最小限のダメージで会場まで運び込んで、いかに素早く元の状態まで回復さすことが出来るかということが最も重要なポイントなのです。

当店のやり方を具体的にお話ししますと、外部式フィルターを移動する場合はまず配管を取り外した後、フィルター内の水をすべて抜き取ります。そしてフィルター内のろ材は取り出さずにそのままの状態で、蓋の部分だけをはずしておきます。さらにフィルター本体をナイロン袋に入れ酸素詰めします。このようにしておけば半日位の輸送でも、ろ過バクテリアのダメージは最小限にくい止めることが可能なのです。短時間の移動であれば酸素詰めまでしなくても、蓋を開けて水を抜いておくだけでも充分です。上部式フィルターの場合も要領は同じことです。

要は蓋を閉めたまま、水も入れたままの状態での移動が最悪の結果をもたらすということを声を大にして言いたいのです。

さて会場に運び込まれた展示水槽は無事に復元され、フィルターも稼動し、飼育水もいくぶん透明感を取り戻してきたところでいよいよ魚の投入という緊迫した場面を迎えます。

さきに述べましたように飼育水の大半を持ち込むことが出来た場合は、通常の「水合わせ」さえ行なえば問題は起こらないのですが、現地の水道水を利用した場合は少しだけ手順が異なります。アクアセイフを使用することはさきに述べましたが、入れる魚がカージナルテトラのような弱酸性の水質を好む種類であればPH調整をしてから「水合わせ」をする必要があります。

 また大型魚やアフリカンシクリッドの場合は「人工海水の素」を使用して、飼育水の硬度を調整しておくこともプロのテクニックとしては欠かせません。

そして最後に重要なことは、魚たちに餌を絶対に与えないということです。このことの理由について詳しくお知りになりたい方は、このコーナーの過去ログ『エサやり厳禁!!水換え後の鉄則!?』をご参照ください。

一般的には引越し専門の運送屋さんは空の水槽の輸送は引き受けてくださいますが、魚が入った状態の水槽の輸送は引き受けてくださいません。少なくとも魚だけは掬い出して、飼育者自身の手で運ぶ必要があるのです。

魚をナイロン袋に入れて輸送する際には、日本動物薬品(株)から発売されている「O2ストーン 携帯用」という酸素の出る石をご利用頂くととても手軽で便利です。

「水槽の引越し」は大変な作業です。でも基本的なポイントさえ押さえておけば、そんなに難しいことではないということがご理解頂けたのではないでしょうか?
 
一番必要なのは、ちょっとした気力と魚たちへの愛情なのではないでしょうか。