25.11.1

大佛次郎の「敗戦日記」をひろい読みしている。冷静に克明に空襲下の日本の姿を描いている。抽象的な言辞ではなく、具体的な、起きた事柄を記している。嫌味ではなく、ムダな誇張もなくていい。

戦地で、同じく制空権を失っている大陸で生死の境をうろついていたこともある私にも、内地の苦労も大変だった、ということがわかる。

しかし、何といっても行動の自由はあるし、そして、何だ彼だと言っても毎日のようにアルコールを口にできたのは、うらやましい。

ただ人の死が、だんだん当り前のことのように思えてくることは、わからないでもないが、甚だ悲しいことである。

大佛次郎と言えば、われわれの少年時代は鞍馬天狗などで彼の書いたものを夢中になって読んだものである。「倉田です」と言ってふと現われてくる真似を、そう言えば、主計局の村上次長がよくやっていたことを思い出す。

横浜を愛していた彼の兄は野尻抱影の名で星座に関連する啓蒙書をなどを書いていたと思うが、彼は私の母校・神中の先輩であったと記憶している。(野尻は本名)

大佛次郎は本名野尻清彦。鎌倉の大仏の裏に住んでいたのでその名を使うようになったという。

彼ほど分野の広い小説家は珍しい。鞍馬天狗、角兵衛獅子、赤穂浪士、ドレフュス事件、帰郷、照る日くもる日、乞食大将、霧笛、宗像姉妹、晩年は天皇の世紀など優れた作品が少なくない。

芸術院会員に選ばれ、文化勲章などを受賞している。



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