長い間、私は夢をみていた。

旅先から帰宅するとすぐに、私は泥のように眠りについた。


静かにおとなしく眠っていたつもりではあったが、いつの間にか、何かしらの不在感みたいなもので意識の状態が覚醒している。


私の眠りを妨げようとするものは、自分自身の中から湧いて出てくる眠りから目覚めることへの渇望以外に、ほかに何もなかった。


しかしながら、何かが足りない。愛する人を失った人のように、うつろに、ただうつろに、むなしく切なく時を無駄に過ごしている。



このままでは、いけない。


何かをしていなければ、
空虚な欠乏感にのまれて、
大切にしている何かを、
本当に失ってしまいかねない。



言葉にならない叫び声をあげるように、何かの空虚さに対して必死で抵抗をする。目前の課題を抱えて、うずくまってはいられない。



渇いた身体のために水を飲み、飢えた心のために食べ物を口に運び、汚れた自分の魂を清めるかのごとく、顔を洗って歯を磨く。


熱い風呂に入浴するなどをして、リフレッシュをはかってみたりもしてみることにする。目を覚ますために、色々と試してみる。


あたたかいぬくもりの中にとどまってみたり、冷たい水を全身に浴びるなどの抵抗などをしてみたりなどもまた、意識して行なう。


日常の動作の繰り返しすら、何か他人事みたいなことばかり。食卓で、愛する家族と団らんを分かち合うごとく、夢に思いをはせる。



夢の中で、いつの間にか自分は、かけがえのない大切なものを見失ない、さまよい歩いていた。愛する人を探すように、心を砕いて。



私にとってそれは、本当にかけがえのない大切なもので、それが何なのか、今となっては、夢の中の話とはいえ、何もわからない。


夢の中での私にとって、それを失ってしまうということは、切実な問題には間違いないはずなのに、今は何故かそれを思い出せない。


自分の全存在をかけても良いくらいの思いさえ本気であったのに、何故今は全く思い出せないのか、不思議な感じで仕方がない。


夢なんてものは、大抵そんなものなんじゃないだろうか、などと考えると少し冷淡かもしれないが、それも仕方のないことだろう。


そもそも、人間の思い描くこの世のできごとなんてものも、もしかしたら同じような、はかないものなのかもしれないのだから。


確かに、真剣に願って強く信じていれば夢を叶えることはできるだろうが、それはそれなりにその人が努力して得た結果でもある。


今はそんな風に考えられないが、その時の私は、正義と真実とこの世のすべての愛情を奪われたような、絶望しか感じられなかった。



まさかその時とは、全然異なる別の現実世界があるなんてことは思いもよらず、そこが実に常にいる世界だなんて、分からなかった。


でも、それって、本当?
本当にそうなのか?
その答えは哲学すぎてて、
導くのは難しい。


それはさておき、夢の中で私は、本当にとても大真面目で現実的な問題に直面しており、困難を解決しようと真剣になっていた。


私自身は切迫この上ない状態で、どうしようもなく右往左往しており、必要不可欠なものを探すために、困窮して苦しむ人だった。


自分自身の生きるためのよりどころであり、それを失なう事は本当に取り返しのつかない大変なことになると、痛切に感じていた。



かけがえない大切なものが失われることが、人間にとってこれほど苦しくつらく耐え難く、大変なものなのかと、あらためて感じる。

夢の中でさえ、その時の自分が、そのことについて妙に納得していた事は、なんとなくではあるが覚えている。不思議な感覚だが。



夢の中ではあるものの、何故か不思議な冷静さで、自分を観察し、その困窮と混乱の最中に、客観的に人生の浮き沈みを思っていた。



自分のそのような態度に嫌気さえ感じていたが、それは、大切なものを取り戻さないといけない義務感と焦燥感からのものだろう。


だからこそ、夢の中でその自分は、その失なってはならない必要不可欠な大切なものを、一生懸命探し、必死に追い求めていた。



夢の中で私は、どうしようもなくあがき苦しみ、ただひたすら泣きわめいて叫び声をあげるような、哀れな存在でしかなかった。



むなしくつらい思いだけを、まわりに撒き散らし、みじめたらしくあたり一面にふりまき、悲劇の主人公として酔いしれてさえいた。



そして何故か夢の中で私の心は、

「これは全てが夢だ。何もかもが単なる夢にしか過ぎないんだ!」

などと、勝手に自分だけで思い込もうとしていたような気もする。


夢から覚めた時、どんな夢を見ていたのかということよりも、今の自分の心の状態が、どれほどひどく錯乱しているかを感じた。


それでもその時、夢の中の最後の最後では、救われるような思いにもなっていた。


だれかの優しい声でなぐさめられていたからだ。



その声は、私の魂の中心にまで、安らぎと希望を与えてくれた。


☆☆☆☆☆

誰かの意思による言葉を受けて、私の心は姿勢を正してその意味を深く考え、理知の光をもって明らかに照らされ、思いをめぐらす。




そうか、私には愛が無いのか。
いまさらながら痛いほど感じる。

私に必要なのは、愛。
そして、それには君が必要。




私には、君がいない。
君がいなければ私には何も無い。
私には、愛が足りない。
心を砕いて、君を求める。



ないてるひまなど、ない。
前に進むことしか、ない。
私は、切に、希望する。
ただ、君に、あいたい。





つづく