第36話 エピローグ

台風の上陸もあって、雨量は既に平年の6月分を上回ったと報じていた。
幸い、青梅線は終日動き続け、愛は久しぶりに前任の牛浜南高校時代の同僚、 新木場麻衣(しんきば まい)との食事の約束を果たすことができた。愛が指定したのは、牛南(ぎゅうなん)時代に麻衣と共によく来た、拝島駅近くのカレー専門店だった。

「岩島津だっけ?そのストーカーみたいなのは、その後どうなのよ?おとなしくしてるの?」
麻衣は、最も心配な点から、愛の近況を聞こうとした。
「うん、今は普通。岩島津さんは本当はアメリカで研究を続けたかったんだって。昔の科学雑誌の切り抜きとか見せてもらったんだけど、数学者の間では、若手のホープとして期待されてたみたい。それがポシャッて、今は仕方なく教員をやってるって言ってたわ」
「あるある、そのパターン。そういう人ってさ、プライドとコンプレックスがごちゃ混ぜになってるから、取り扱い注意よね」
「麻衣は、相変わらず鋭いね。うちに来て女王やってみない?」
「あははは、考えとくわ。それで、由紀って人の方は?」
「すっかり落ち着きを取り戻してる。あらためて凄い人だと思ったわ」
「真の女王様が何言ってんのよ~」
「いや、ほんとにみんな凄いのよ。岩島津さんも何か吹っ切れたみたいだし、上北の愛称委員会も生活指導部も、今や最強チームね。私なんか出る幕ないもん」
「愛ちゃんが上手くみんなの力を引き出して、最強チームにさせたってことよ。」
「あ、そうそう、あれ見せなくちゃ。」
「え?何?」
「写真よ。ほら、見たいって言ってたじゃない」
「もしかして・・・。きゃ~!」
「ハイ、入学式の時に撮った職員集合写真。たぶん全員写ってるはずよ。一番右で1人だけ変なポーズしてるのがパンチ先生で~す」
「ええ~っ!なに~?もっとハードボイルドなの想像してた~。これ、ただの田舎ヤクザじゃない」
「あとねぇ、これが誠くん」
「ふーん、可愛いけどちょっと頼りなさそうね。あっ、この人、ガム子さんでしょ!これ、絶対そうよ」
「当たりで~す。」
「面白そうな学校ね~。あたしも来年行こうかな~」
「大歓迎よ。女王候補で是非来てください。あ、実はね、もう1人、気になる先生がいるの。麻衣に話そうか悩んだんだけど・・・」
「なになに?一目惚れ?」
「あ、そういうんじゃなくて・・・気味が悪いのよ。TIMESで自作の小説を送りつけて来る人がいるの。矢追宇治春(やおい うじはる)って人なんだけど、愛女王様を主人公にしましたって、私にわざわざ言いに来て・・・」
※TIMES→業務用ネットワークPC
「そんなの、あたしだったら片っ端から削除してオシマイだけど、愛ちゃん誰にでも優しいからな~。上北って、心に闇を抱えてる奴多くない?やっぱ行くのやめよっかな。ははは」
「私も実は削除するつもりだったんだけど、ほんの何行かだけ読んで驚いたの。麻衣に見てもらおうと思って持ってきた。いま表示したの第1話。辞令伝達を待ってる様子が書かれてる」

麻衣はひと通り目を通して、やや拍子抜けした様子だった。
「これ、実況中継っていうか、やや詳しい日記っていうか、そんな感じだよね。小説としてはイマイチどころか、全然面白くないよね」
愛は無言だった。
「愛ちゃん、どうしたの?」

5秒くらいの沈黙があった。
「麻衣の言うとおり、私の言動が異様に詳しく書かれてる。いや、私だけじゃなくて、その場にいた全員の発言が、一字一句、完全に再現されてるのよ」
「矢追って人、超人的な記憶力なんだね。教科は何なの?」
「これ、記憶じゃない。矢追さんは・・・矢追さんは、その場にはいなかったのよ。ほとんど物理準備室に籠もりっきりの人だから、この小説に出てくる私以外の先生たちの会話も、実際には聞いていないはず」
「え~~っ!愛ちゃん、それヤバいよ。そいつ、盗聴機仕掛けて、録音してるんだよ!気味悪いっていうより、明らかに犯罪じゃん」

「気味が悪いことは、もう一つあるの。配信された日付を見て」
「え~!これが全部そいつの小説なの?凄いエネルギーね。1日置きくらいに配信して、35回分て・・・」
「ずれてるの」
「え?何が?」
「日付が全部ずれてるのよ」
「ちょっとちょっと、愛ちゃん何言ってるか、わからないよ」
「実際に起きたことが、起きる1日前に書かれてる」
「え~!ちょっとやめてよ、そんなことあるわけないじゃん。パソコンの日付設定がずれてるだけよ」
「私も初めそう思った。でも他に受信したメールとの前後関係を見ても、やっぱり1日前に配信されてる。IT支援員の先生にもきいてみたけど、この発信日時は間違いないって」
「きっと何かカラクリがあるわよ。そいつ、予言者のふりして、愛ちゃんの気を引こうとしてるのね。それにしても愛ちゃん、次から次と大変ね~。人気者の宿命だね」
「そっか、そうだよね。予言なんてできるわけない。あ~、麻衣に話したらスッキリした。ありがとね。あ、ごめん。ダンナからかも」
愛はバッグの中の携帯に手を伸ばした。

「あれ?メールだ。えっ?矢追さんからって・・・。矢追さんに携帯のアドレス教えた覚えないのに、どうして!?」
「愛ちゃん、そいつ最強のストーカーよ。警察に相談した方がいいよ。そのメールには何て書いてある?」
「愛女王様、明日からまた大変になりますよ。小説を御査収ください。『愛と誠 season2 柏田の逆襲編』だって。きゃ~、恐いよ~」

平成25年4月1日
新たな職の設置について 東京都教育委員会
1.教育職員の新たな職として、女王教諭を設置する
2.女王教諭は、すべての都立学校に原則として1名以上配置する
3.女王教諭への登用は、現職女王の推薦に基づき、チェックマンによる審査を経て、校長が決定する
4.女王教諭は、良い主幹を補佐し、悪い主幹をお仕置きすることができる

(第1部 完)
※season2 の配信時期は未定です(笑)