　首都圏のゴルファーなら、垂涎の的ともいうべき超名門コース「我孫子」ですが、結局のところ敷居が高すぎて、ついぞ私は足を踏み入れたことはありませんでした。

　私がもっぱら、父と一緒に行ったゴルフ場では、千葉県の泉カントリークラブが思い出深いものでした。住友グループのドンであった安藤太郎氏（住友銀行副頭取から住友不動産社長、会長）と懇意にしていただいた父は、こちらのゴルフコースのチケットを頻繁に頂戴したようでして、息子夫婦はそのご相伴に預かっていたのでした。

　父とのゴルフは、いつもこんな具合でした。

　まずは、朝早く、我々夫婦は目黒の実家を訪ねます。トランクにクラブを詰め込むやいなや、親子４名を乗せたセルシオはすぐ出発進行することになります。ドライバーは大概、往路は父、復路は私が担当し、後部座席には、母と妻がちんまりと座っています。

　朝早くの母は、よくしゃべります。「インシュリン（の注射）はうったかしら？」から始まり、「みかんを食べなさい（冷凍ミカン！）」「寒くない？」「おなかすいていない？」と夫と子を思いやる母の声はやむことがありません。ゴルフに行くときの常備品（食）は、ウィダーインゼリー、キシリトールガム、カロリーメイト・・・と我が家の車はいつ大災害が来ても大丈夫？なように保存食の類が満ち溢れていました。

　やがて首都高速、東関東自動車道を経た車は、ゴルフ場へ滑り込んでいきます。

　朝ごはんもそこそこに、すぐにゴルフは始まります。

　父のプレイですが、基本的にドライバーは180ヤードほどだったと思います。身体が固いせいか大振りはせず、それほど曲がることはなく、手堅いゴルフでした。ショートゲームも、びっくりするほど上手ではありませんでしたが、だいたいダボペースでラウンドが進んでいきました。

　母はといいますと、ドライバーはまあまあでしたが、ラウンド中、周りの環境を気にせずにマイペースにクラブを振り下ろし続けます。「私はいくつ叩いたかしら？」と言うので、お供する親子は自分のスコアそっちのけで、ティーからのカウントを振り返らさせるのが常でした。

　昼食です。私たち夫婦は天ぷらそばなどで済ませるところ、両親は必ず肉料理を頼んでいたと思います。帰りは私が運転するので、父はグラスビールを飲んでいたかもしれません。母と妻はジョッキでしたが。

　午後のプレイが始まります。母がだんだんスコアが良くなってくるので、パーティ自体も落ち着きを取り戻します。母のドライバーが当たりだすと、白杭から打つ父の距離よりも飛んでいることもありました。今から考えますと、父は少し息が苦しそうでした。なので、後半のプレイは少し抑え気味だったのかもしれません。

　帰りの車は、私が運転します。車中、あんまり賑やかだったということはなかったと思いますが、たまに母の辛口トークが繰り出されます。「あなた（私のこと）、早く車線を変更しなさい」「お父様（父のこと）だったら、もうすこしうまく車線を割り込んでいたはずよ」

そうです。父の運転は、意外かもしれませんが、それほど穏やかなものではありませんでした。小さい頃から、車線変更、追い越しが当たり前の父の運転にならされている母は、助手席でそれが普通だと思っている節がありました。

母の一言は私の癇に障りました。「うるさい！車長はボクだら」・・・・そう怒鳴る私の横で、父はダンマリを決め込み、ふとバックミラーを見ると、妻の顔は苦笑いをしておりました。

　親子４名でのゴルフはこの泉カントリー以外にも、中軽井沢に改築された別荘完成後は、軽井沢滞在中に必ずどこかしら行っていたと思います。成人した私にとって、父と長い時間を過ごすことは、ゴルフだけと言ってもいいほどでした。

　父が亡くなる、少し前に「今、財産整理をしているのだけど、我孫子の会員権を譲ろうか？」という連絡を受けました。私は、毎年出ていくお金もあることから丁重にお断りしましたが、「そうか」と答えた父は今にして思えば、無念の相槌だったのかもしれません。

　我孫子名物、アリソンバンカー。

　若いころの父と同じように、私もバンカーに打ち込めば、その砂の上に父の足跡をたどることができただろうに。父が亡くなった今、少しばかり後悔しているのは、そのことです。

父とゴルフ②