iuyo


 突如現れた直径13メートルの丸い輪っか。それは、祇園太鼓の練習のため、街のあちらこちらで太鼓が出される頃に出現した。巨大マンション建築のため、地盤をならしている広大な空き地に現れた。時々、ため息のような微弱な音を出し、その時だけぼんやりとした光を発する。工事現場で見つかったその輪っかが、自然現象なのか、誰かが作ったものなのか誰も知らない。

 そして、お祭りの日の最後を締めくくる花火大会のとき、突如としてその輪っかが目覚めた。胎児の心音を増幅したような巨大な音が反復され、光量を増していく。花火を見るために沿道や公園に陣取っていた人は、その輪っかを見て聴いているうちに不思議な感覚にとらわれた。どんな人もひとつやふたつ持っている何の不安もなく満たされていた幻想のような記憶を呼び起こされたのだ。花火が発する音はどんどん遠くなり、輪っかの呼吸音のような爆音が鼓膜をはっきり分かるくらい震わせた。それぞれが呼び起こされた記憶は連鎖し、それらは生暖かい風となって人々を包み込んでいく。人々は、輪っかに向かって歩き出した。ゆっくりと、ゆっくりと。誰もが泣いているか、微笑んでいるかで声を発する人はいなかった。輪っかの出す爆音と花火の音があるのに、静寂な雰囲気さえした。

 僕もその波の中にいた。ただ、僕は頭の芯の部分は覚めていた。輪っかの正体を知りたくてたまらなかったからだ。マンションの工事現場に着くと、人の流れに逆らって工事現場に建てられている2階建てのプレハブ小屋に向かった。鍵をこじ開け、2階に上がり窓から外を見て震えた。

 人々は整然と輪っかに飲まれていっていたのだ。もちろん、ぼくに成す術はない。ただ震えるばかりで呆然とその光景を見ているだけだった。最後の一人が輪っかの向こうに消えた時、深夜1時をまわっていた。

 僕の足は震えることをやめず、かと言ってそこから動けるはずもなく、じっと輪っかと対峙しているしかなかった。

 どれくらいその状態が続いたのだろうか。そらが白み始めた頃、突然そらに大輪の花火が上がった。夜空を覆わんばかりのその花火は、枝垂桜のように枝を伸ばし、輪っかに降り注ぐ。輪っかは、花火に包まれて徐々に光を落としていく。スローモーションのVTRを見ているようなその光の移ろいは、そのまま地面に吸い込まれて完全になくなってしまった。数千人の人々とともに。

 あの人々はどこに行ったのだろうか?