かっぱの大塚くんに
「なんとかなるように、なんとかしてください」
と頼まれて1週間がたった。もちろん、翌日もその次の日もいつも通りのコースを走ったけど、大塚くんはあの日以来、かっぱ塚に現れなかった。釈然としない気分のまま、毎朝決まったコースを走っているうちに、僕は大塚くんに会うことをとても楽しみにしていたことに気付いた。
 もはや、大塚くんがかっぱであろうが、かっぱ塚から見える景色が変わってしまおうが、どうでもよかった。大塚くんに会いたかった。変な話、初恋の女の子が、ある日突然、転校してしまったような気分だった。
 小雪のちらつく日、僕はいつも通りのコースを走った。
 大塚くんがいた。スーツのアタッシュケースという、ものものしいけどかわいい格好で。
「おはようございます。スイミングスクールの合宿に行っていました。」
「あ、あ、そ、そう。」
「この間の話、考えてくれましたか。」
 考えてはいたけど、考えがまとまるはずはなかった。だけど、こう言っていた。
「僕でよければ、やってみるよ。」
大塚くんは、アタッシュケースを投げ出すと、かっぱ塚のまわりをぐるぐる走り始めた。
「やったぁ、やったぁ。」
走りながら、平泳ぎをするときのように手をすいすいとさせる。
「やったぁ、やったぁ。たくさん泳げるようになったし、いいことばかりだぁ。」
 なんだか、僕もうれしくなった。なるようになればいいさ。もしかしたら、ヒーローになれるのかな。
「では、明日から作戦会議ですね。」
大塚くんは、そのまま泳ぎながら帰って行った。