僕の毎朝の日課は、過酷なジョギングだ。朝起きると、どんなにきつくても…いや、むしろきつい方がいいのだが、一口だけミネラルウォーターを飲んで家を出る。そのまま、高塔山という小学生の遠足スポットの頂上目指して走る。
 きつければきついほどいい。
 そこの頂上には、『かっぱ塚』という塚がある。全国各地にあるようだが、この辺りにもかっぱ伝説があって、それゆえの塚が鎮座している。そのかっぱ塚が、僕のジョギングコースの中間地点であり、休憩場所だ。酸欠状態になった脳に、徐々に酸素が送り込まれるのを楽しむ場所でもある。
 もちろん、今朝もいつも通りかっぱ塚目指して走った。いつもとちがったのは、先客がいたことだ。小学高学年くらいの少年が、僕が走ってくるのを待っていたかのように、かっぱ塚の台座に座っていた。
「おはようございます。」
 その少年は、きわめて正しく挨拶をした。まっすぐ、こちらを見て。
「おはよう。早起きだね。」
「久しぶりです。こんなに早く起きたのは。いつも、お昼くらいに起きるんです、僕。」
 学校は?と言いかけてやめた。言いたくない事情があるかもしれないからだ。
「今、『学校は?』と思ったでしょ?」
 ドキッとした。
「僕は学校に行ってないんです。かっぱですから。かっぱに学校はないんです。」
 わけわからない展開になってきたぞ。
「信じてもらえませんよね。僕がかっぱだってこと。」
「信じないというよりは、びっくりだよ。だって、頭にお皿もないし、見た目は人間だし、来ているものも、それはこのあたりの小学校の体操服じゃない?」
「着ているもので判断してはいけませんよ。外見で判断してはいけません。かっぱだって体操服を着たいのです。というわけで、今日はご挨拶にやってきました。今後もよろしくお願いします。」
 お願いしますって、何、何、何?やや酸欠状態のままの頭で必死に考えていると、かれは、ぴょーんぴょーんと人間離れしたバネを発揮して、裏の藪へ向かったかと思うと、くるりとこちらを向いて大きな声でこう言った。
「僕の名前は、オオツカ。大きい塚と書いて、大塚です。ここから見下ろす景色を覚えておいたほうがいいですよ。近いうちに、大きく変わるってお父さんが言っていました。僕のお父さんは、かっぱの中では偉い人だから、色々なことを知っているんです。どう変わるかは、今度お教えします。では、さようなら。」
 ぴょーん、ぴょーん。
 ここから見える景色が変わる。かっぱの大塚くん。わけわかんねー。
 まあ、いいや。携帯で、写真を撮っておこう。