それでは昭和6年以降を紹介していきます。

●昭和6年
『二審でも否認/朝鮮人の掏摸』 大阪朝日 1931/1/13 神版 〔9/9〕 伊丹・兵庫 【社会】

掏摸[スリ] です。

『下敷きとなり無惨な死/倒れたエレベーターの』 大阪朝日 1931/1/28 阪神 〔9/7〕 伊丹・兵庫 【労働災害】

→どのような状況だったんでしょうか。労災についての記事。

『鮮人強盗犯5年の求刑、伊丹町荒らし』 神戸新聞 1931/3/4 〔7/11〕 伊丹・兵庫 【社会】
『強盗未遂の太い鮮人に懲役五年求刑』 神戸又新日報 1931/3/4 〔7/10〕 伊丹・兵庫 【社会】

→おそらく同一記事と思われるので併記。強盗で求刑5年か・・・。

『四人組鮮人箱乗窃盗団/伊丹署に検挙』 大阪毎日 1931/4/17 阪神 〔9/5〕 伊丹・兵庫 【社会】

→箱乗窃盗団!?なんでしょう?自動車に乗っての窃盗でしょうか?

『失業登録の八割が鮮人/県道改修工事で(伊丹町)』 大阪毎日 1931/7/19 阪神 〔9/5〕 伊丹・兵庫 【労働】

→どこの県道改修工事かは記事を見ないと不明。不景気の影響が判る見出しですな。
『土工数十名襲撃して血の乱闘/鉄砲を放って抵抗す/深夜伊丹在の騒ぎ』 大阪毎日 1931/10/12 神毎 〔4/13〕 伊丹・兵庫 【社会】

→現在と違って市中に拳銃・鉄砲の類は多かったであろうから、護身用に持っていても不思議ではない!?
『鉄道電線泥棒』 大阪毎日 1931/10/23 阪神 〔10/13〕 伊丹・兵庫 【社会】

→現在で言うなら台湾新幹線の工事現場から銅線盗まれたのと同じようなもんか!?

●昭和7年
『『顔』から喧嘩/きのふ伊丹で』 大阪朝日 1932/7/4 阪神 〔11/8〕 伊丹・兵庫 【社会】

→まぁあれか眼とばしてんじゃねーからケンカになった感じ?

●昭和8年
『上等の柱材をあたら薪代わりに/伊丹製絨所の木材泥棒』 大阪毎日 1933/2/18 阪神 〔5/7〕 伊丹・兵庫 【社会】

→再び登場伊丹製絨所!!なんだここは、そんなに狙われやすい会社だったのか?
『仮橋を関所にすごいギャング/行人を擁して金品を強奪/工事人夫の四人組』 大阪毎日 1933/3/5 阪神 〔5/4〕 伊丹・兵庫 【社会】

→えーっと、これなんて時代劇?しかも工事人夫が犯人って・・・。どこの橋だったんでしょうか。

『集金人を袋叩き/三人組の暴行』 大阪毎日 1933/6/9 阪神 〔5/3〕 伊丹・兵庫 【社会】

→銀行決済が主流になるまではよく起こったであろう事件ですな。

『割り木で殴合ふ(川辺郡稲野村)』 大阪朝日 1933/7/5 阪神 〔5/10〕 伊丹・兵庫 【社会】
『下らぬ原因で二人割木合戦(川辺郡稲野村)』 大阪毎日 1933/7/5 阪神 〔5/10〕 伊丹・兵庫 【社会】

→おそらく同一記事と思われるので併記。ケンカみたいですね・・・。よくケンカが記事になりますな。下らぬ原因が気になる~!

『総評の交渉で手当百円増加、摂津製帽所の解雇問題解決』 社会運動通信 1933/8/22 〔5/7〕 伊丹・兵庫 【労働争議】

→摂津製帽所・・・検索で発見出来ずorz 名前のとおり製帽工場だと思うが・・・。
『工事場で血陣(伊丹製絨所増築工事)』 大阪毎日 1933/9/20 阪神 〔5/10〕 伊丹・兵庫 【社会】

→またまた伊丹製絨所か!
『朝鮮酒を密造』 大阪毎日 1933/10/5 阪神 〔5/17〕 伊丹・兵庫 【密造酒】

→「朝鮮酒」って「まっこり」のことか?まぁどぶろくみたいなもんだから密造も容易いか。

『川辺郡内鮮相助会活躍』 大阪毎日 1933/10/24 阪神 〔10/13〕 伊丹・兵庫 【融和】

→内鮮融和方策(協和事業)は兵庫県では大正14年に協和会が設置されている。また昭和7年には東京において衆議院議員1人、兵庫県でも尼崎市会議員に朴炳仁が当選し初の朝鮮人議員が誕生した。昭和8年にも朝鮮人議員が武庫郡武庫村(現在の尼崎市)で誕生するなどしている。

●昭和9年
『朝鮮人土工大乱闘(塚口)』 大阪朝日 1934/2/15 〔11/10〕 伊丹・兵庫 【社会】

→塚口と書いてるが伊丹でも尼崎よりで起こった事件か?

『踏切で惨死(塚口)』 大阪毎日 1934/3/6 阪神 〔5/13〕 伊丹・兵庫 【交通事故】

→同上(この場合は事故だが)。

『血塗れ男警察へ駆込む』 大阪毎日 1934/3/28 阪神 〔5/13〕 伊丹・兵庫 【社会】

→いったい何が!?

『ブランコで若妻重傷す(伊丹製絨所職工)』 大阪毎日 1934/3/28 阪神 〔7/13〕 伊丹・兵庫 【社会】

→遊具のブランコ!?それしか思いつかないのだが、他になにかあるのか?どういう事故なんだ?

『校園に輝く幼い先生/全校の尊敬を一身に/朝鮮出身の秀才少年』 大阪毎日 1934/6/30 阪神 〔7/1〕 伊丹・兵庫 【社会】

→非道な日帝は朝鮮人を学校に通わせ、あまつさえ教員免許も取らせて教壇に立たせるなんて!なんて酷い事を!ほんと酷い話ですね(笑)

『二軒を荒す』 大阪朝日 1934/7/17 阪神 〔10/13〕 伊丹・兵庫 【社会】

→空き巣?強盗ですな。

『邪推から殴り込み/棍棒ふるって重傷を負はす』 大阪毎日 1934/9/5 阪神 〔5/9〕 伊丹・兵庫 【社会】

→・・・・・。

『職工の奇禍』 大阪朝日 1934/11/3 阪神 〔6/13〕 伊丹・兵庫 【労働災害】

→労災ですね。いったいどんな災難が!?

●昭和10年
『今度は製帽工場/伊丹の労資確執』 大阪毎日 1935/3/8 阪神 〔8/13〕 伊丹・兵庫 【労働争議】
『乱闘事件から罷業拡大/伊丹堀抜製帽』 大阪毎日 1935/4/9 阪神 〔5/6〕 伊丹・兵庫 【労働争議】
『制帽会社の争議(掘抜制帽)』 大阪朝日 1935/4/10 阪神 〔5/9〕 伊丹・兵庫 【労働争議】
『従業員怠業/掘抜制帽の』 大阪朝日 1935/4/11 阪神 〔8/13〕 伊丹・兵庫 【労働争議】
『争議団内部に結束をはかる/伊丹堀抜製帽の紛争』 大阪毎日 1935/4/11 阪神 〔5/4〕 伊丹・兵庫 【労働争議】
『会社側強硬で燻る睨合ひ/伊丹の堀抜製帽争議』 神戸新聞 1935/4/12 〔6/8〕 伊丹・兵庫 【労働争議】
『掘抜制帽争議解決』 大阪朝日 1935/4/13 阪神 〔5/10〕 伊丹・兵庫 【労働争議】
『伊丹堀抜製帽争議円満解決』 大阪毎日 1935/4/13 阪神 〔8/13〕 伊丹・兵庫 【労働争議】
『一部昇給に反対して堀抜製帽争議再発、会社御用暴力団の襲撃から評議会常任重傷で告発』 社会運動通信 1935/4/15 〔4/1〕 伊丹・兵庫 【労働争議】
『流血の惨事を起した堀抜製帽争議解決、満州国皇帝陛下御西下を機に争議団一部解雇承認』 社会運動通信 1935/4/19 〔4/1〕 伊丹・兵庫 【労働争議】

→製帽工場、伊丹堀抜製帽関連をまとめて併記。事態の収拾にかなり時間がかかった模様。襲撃事件もあったし長引いて当然か。しかし「御用暴力団」って本当にあったのね、映画の世界だけではなかったとは。
 「満州国皇帝陛下御西下」は満州国皇帝:愛新覚羅溥儀が1935年4月に日本を公式訪問したってことです。

『伊丹捺染工場争議円満解決』 大阪毎日 1935/3/16 阪神 〔4/13〕 伊丹・兵庫 【労働争議】

→この時期労働争議が増えてるのか?

『皴を盗む』 大阪毎日 1935/5/21 阪神 〔5/9〕 伊丹・兵庫 【社会】

→皴[ひび]・・・・・あかぎれ?すみません私には何か判りませんorz

『埋めてゐた嬰児/死産か他殺か噂から判る/伊丹の鮮人怪事件』 神戸又新日報 1935/6/25 夕 〔2/8〕 伊丹・兵庫 【社会】

→怪事件って。しかし子供がなくなる事件これで2件目か。

『刺された朝鮮人遂に絶命す』 大阪朝日 1935/8/10 阪神 〔9/13〕 伊丹・兵庫 【社会】
『伊丹で乱闘騒ぎの二朝鮮人逮捕/被害者は遂に死亡』 大阪毎日 1935/8/10 阪神 〔8/13〕 伊丹・兵庫 【社会】

→おそらく同一記事と思われるので併記。
なんとか昭和10年まで終わりました。さすがにこの時代の会社や工場は人に聞くか図書館で資料を探さないと出てきませんね、ネット検索にも限界があります。次回は昭和11年~15年を予定してます。