【隠れた世界企業】ジャンボ機の脚を支える
オカモト(大分市・輸送機用部品の研磨・製造)
記事URL:http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20
夢追人 さんが紹介していた日経の記事です。
整備士になる自分にとっては大変興味深いものでした。
飛行機の安全を守っているのは空港にいる人だけじゃないってことを
知ることが出来ました。
ありがとうございます。
以下全文コピーです。
全文コピーせずにはいられなかったというか。。。
JALやANAなどからジャンボジェット機の脚部品の修理を引き受ける。
親子3代にわたって、自動車や船舶部品で技術と信用を培ってきた。
顧客は新規購入を控えて修理を増やすため、不況耐久力となる。
ジャンボジェット機は機体を軽くするためカーボン樹脂などを多用しているが、巨大な鉄の塊であることに違いはない。最重量級の「ボーイング747」の場合、燃料をいっぱいに積み込んだ離陸時に約400トンの重さとなる。
磨き上げたジャンボ機の「ランディングギア(着陸装置)」のピストンは鏡のように光を反射する
旅客機の巨体を支えるのが胴体の下に備えられた脚だ。「ランディングギア(着陸装置)」とも呼ばれ、着陸時のショックを吸収するシリンダー(円筒)と、その内部を往復運動するピストンで構成されている。ピストンは離発着を繰り返すと表面のクロムめっきが摩耗していき、使用回数が一定数を超えるとめっき部分の修理が必要となる。
日本航空(JAL)や全日本空輸(ANA)系列の旅客機部品整備会社から、ボーイング機のランディングギア用ピストンの修理を引き受けているのが大分市に本社兼工場を構えるオカモトだ。同社はもともと、自動車整備工場として創業した。その後に研磨技術を向上させ、日本の航空産業に欠かすことのできない技術力を身につけた。
特殊鋼材の表面を研磨
2002年12月に家業を継いだ3代目の岡本基社長は「祖父の時代から他社が断るような難しい仕事を引き受けてきた。それが当社の信用を積み上げている」と胸を張る。
ランディングギアは旅客機の重量に耐えられるように、ピストンの材料に「高抗張力鋼」と呼ばれる特殊な鋼材が使われている。加工が難しい高抗張力鋼の表面を0.01ミリメートル単位で研磨していくには高い技術力が必要だ。
オカモトの技術力はお墨付きだ。米連邦航空局(FAA)や欧州航空安全庁(EASA)が定める、部品修理工場の委託条件を満たしている。
とはいえ、同社の工場を見渡しても最新鋭の工作機械は見当たらない。現在32歳の岡本社長が生まれる前からある機械が、いまだ数多く“現役”として稼働している。
実際、ランディングギア用のピストンは1970年に導入された“最古参”の研磨機を、熟練技術者が巧みに操りながら磨き上げていく。研磨されたピストンは、表面が鏡と見間違うほどにキラキラと光を反射する。
とりわけオカモトが得意とするのは「クランクシャフト」と呼ばれる、クルマや船舶用エンジン部品の整備だ。エンジン内部で燃料を燃やすとピストンが上下に往復する。その力を回転力に変換するための屈曲した軸がクランクシャフトだ。
複雑な形状のためクランクシャフトをきちんと修理できる工場は限られている。滑らかに回転するためには表面を満遍なく研磨しなくてはならない。その技術をオカモトは持つ。
飛躍の決め手は、幅広い修理を手がけてきた実績と、最新設備をタイミングよく取り入れた経営センスにある。
設備投資を一気に進めたのは70年代。自動車修理で実績を上げたオカモトは、船舶用クランクシャフトの修理も頼まれるようになった。船舶用はクルマに比べて大型であるため、既存の設備では十分に対応できない。創業者で岡本社長の祖父に当たる肇氏(88歳)は、自動車整備事業から撤退を決断。船舶を含む産業機械の部品修理を広く受けるため、設備を増強した。
70年にイタリア製のロール用研磨機を導入。73年には現在の本社を置く下郡工業団地に移るとともに、クランクシャフト専用の国産研磨機も購入した。設備投資には当時の年商の2倍以上もの資金を投じたという。
肇氏の口癖は「よそ様が断る仕事をしろ」だった。夕方に修理の依頼が急に舞い込んでも、徹夜で作業して翌朝には納品した。こうした努力が実り、次第に「オカモトに持っていけば何とかなる」という評判が地元で広がった。
2代目の哲夫氏(岡本社長の父親、故人)も、信用にはこだわる性分だった。修理という仕事は、一時的ではあるにせよ他人の所有物を預かる必要がある。そのために何よりも重要なのが信用であり、哲夫氏は「一度失った信用は二度と取り戻すことができない」と繰り返し諭したという。
修理の腕が見込まれ、部品製造の仕事も徐々に舞い込むようになった。中には数十年前に外国から導入した工作機械向けの部品もある。そうした機械の製造元は既になくなっているケースもあり、図面もない部品の製造を引き受けることもしばしばある。
たった1つからでも特注品の製造を請け負うオカモトの評判は海外にまで広がり、アジア諸国や欧州からも声がかかるようになった。哲夫氏は語学が必ずしも堪能ではなかったが、単身で顧客を訪れて仕事を受注してきた。商社任せにしなかったのは、社長自らが顧客と話すことで信用を高める狙いがあったからだ。
不況に強い修理ビジネス
研磨した船舶用クランクシャフトを前にした岡本基社長(大分市の本社兼工場にて)
一度築かれた信用は簡単には崩れない。部品の修理にしろ、製造にしろ、大半の仕事は長年の顧客から依頼されるため「新たに営業する必要がほとんどない」と岡本社長は自信を見せる。
もっとも祖父や父が築き上げてきた信用の上に、ただあぐらをかいているわけではない。2002年末に哲夫氏が亡くなったため急遽社長を引き継いだが、「当初の2年は社内で孤立していた」と岡本社長は振り返る。
自分なりに新事業を始めようと考えていたが、ベテランの技術者から反発を受けた。そこで岡本社長は社員一人ひとりと話す機会を作り、自分の考えを伝えていった。「信用がなければいい仕事ができないのは、お客さんも社員も同じだった」と語る。
岡本社長が始めた新規事業は「出張修理」だ。工場は設備を修理する期間を短くできれば、それだけ生産性を上げられる。そうした顧客の要望に応えるため、修理に必要な機材を持ち、技術者を引き連れて顧客の工場を訪れた。評判は上々で、将来的には海外にも出張修理に出向く計画だ。
ここ3年は主要顧客である造船業界が好景気に沸いていたため、船舶用クランクシャフトの加工依頼が相次いだ。そのため前期(2008年4月期)の売上高は4億円と、その2期前(2006年4月期)から2倍近くに伸びた。
経常利益は8000万円と高い水準にある。売り上げの半分を占める修理は、部品製造と異なり原材料費があまりかからないため利益率が高くなる。今後不況の度合いが強まれば修理の依頼が増えるため、売り上げは落ちても利益率は維持できると岡本社長は見る。
これまで祖父の時代から続く古い工作機械を修理して使ってきたが、オカモトでは次の飛躍に向けて大規模な設備投資を計画中。最新の旋盤機械を導入すれば自動化できる工程も少なくない。新旧の技術を組み合わせて、より効率的に修理をこなす体制を築く。
新しい機械も使いこなせる人材育成も欠かせない。社長に就任してからの6年間で技術者を倍増させたが、「10年かけてでも一人前の技術者を育てる」と腹を決めている。
親子3代で築いた信用を武器に、航空や造船業界に欠かせない修理のプロであり続ける。