喋るのが苦手。

何もいえない。

 

いくつか原因があるような気はしている。

 

1.脳内多動か、不注意なのかも

考えがまとめられないのかも、というのがまずありそう。

 

2.ワーキングメモリ

昔受けた心理検査の結果で、ワーキングメモリが足りないので、

耳から入ってくる情報の処理が苦手かも、と教えてもらった。

そこまでダメなつもりはなかったのだけど、

職場でコミュニケーション力の高い人々に囲まれていると嫌でも思い知らされる。

即座に回答ができない。自分、全然ダメでしたわ。

 

3.自他境界が薄くて意見を持てない

そして、自分の意見や感情を持つことができないという

機能不全家庭が由来の問題。

 

 

3は、ブログを書くことで何とかしようと思っているから、現在進行形。

 

1について、もしかしたらADHD向けの薬で改善しないだろうか、と希望を持っている。

 

2はもう仕方ないよね・・・

心理士さんとも相談しているけど、転職を検討したほうがいいかな、と思ったりはしている。

スキル不足が不安だけども。

 

 

そして、

 

4.もあるかな。

ぼんやり考えていることをそのまま口に出すと、

非人間的なとんでもないことを言ってしまうことがある、と・・・

それで人間関係の失敗を重ねてきたから、慎重になりすぎて何もいえない、

というのも間違いなく、というか、これが一番大きいかもしれないと思う。

 

頭の中、どうなっちゃってるんだろう。

本当にこれを治す薬がないの? ってビックリするよね。

なかなか現実というのは、手厳しい。

人間の言葉を、横で聞いて、パターンを覚える毎日。苦行。

 

せめて頭がもうちょっと明晰で、回転が早ければ、

この苦行もスムーズにできるに違いない。

・・・なんて、ないものねだりも時々する。

理解をされたことがなかった。親からも、誰からも。

そういうものだと思って生きてきた。

それで何とか生きていた。

 

事情があって転職して、考えなしに自分に合わない職種を選んでしまって、何も喋れなくなってしまった。本当に。

だから、昔だけじゃなく、

今はもっと、誰も私をくわしく知らないだろう。

 

なんとなく仕事上では喋れていたから、仕事は大丈夫だ、と思っていた。

けれどある時、急に自分のダメさ加減に気づいてしまった。

人間関係が全然つくれていなかった。

 

自分だけが子供のような気がした。

自分の中で全てが崩れてしまったような感覚があって、全てがダメに思えるようになってしまった。

 

しばらく落ち込んで、他人事に思えるほど、

 

情けない人生だと感じた。

 

 

 

面白いことに、その後浮かんできたのは怒りだった。

そういえば、昔から怒りのエネルギーで自分を奮い立たせることが多かった。

 

とっくに、自分のことなどよりも、人や社会に与えていく立場であるべき年齢の大人。

とにかく情けない。

 

このままでいいわけがない。

どうして、誰が、こんな人生にした?

 

それから、自分が少しでも無理なく納得して生きられるように

選択していこうと決めたのだった。

何度だってくじけるだろうことは目に見えているけれど。

 

 

 

 

 

人生において、いちばん求めていて、

いちばん手に入らなかったものが「共感」だった。

自分に似た人に出会ったことがなかった。

 

カウンセリングに出会って、一方的に聞いてもらえる関係は手に入れた。

けれど、傾聴してもらっても、

心理士さんのことを急に親しく思うことはできなかった。

癒してもらうことはあっても、外国人、もしくは異星人のように、

どこか理解できない存在だった。

 

すべてがダメになったように感じた怒りのあと、

きちんと仲間を探そうと思った。

 

 

 

当事者に会おうと思った。

 

ネットで探し、偶然見つけた、発達障害の当事者交流会に参加することができた。

自分に似た人に出会えるかなと思った。

 

結論からいうと、その日は願いは叶わなかった。

自分と似た人はいなかった。

 

当事者と言っても、ASDなのか、ADHDなのか、

そして困り感のレベル感が人によって全く異なることを知った。

そして、カウンセリングを利用しているかどうかなどの、

治療(と言うのかな)のステージも人によって全く異なっていて、

求めているものが全然違うのだということも。

 

そして、いつも通り、言葉が出てこなくて、

大して喋れることはなかったのだった。

 

自分だけが浮いているような気がした。

自分はどこに行ってもダメなのではないか? そんな思いも。

 

 

なぜ、こうなったのだろう。

静かな怒り。

自分への怒り。

 

心地よいものではないけれど、この怒りが燃えている限りは、活動することができるかもしれない。

静かに絶やさず、この火を守っていこうと思った。