ご無沙汰しております。
えあーです。
最後の投稿から、気付けば1年以上経過してしまいました。
今回は、半年前に娘が亡くなった件について
当時の状況を振り返ろうと思います。
娘は2024年2月14日、肺炎のため亡くなりました。
1歳4ヵ月でした。
2024年1月下旬
娘が産まれてからお世話になっていた病院のGCUを退院し
障害者施設兼慢性期の病院に移動しました。
そこの施設は子供から大人まで
寝たきりに近い重度の障がいを持った方々が入所していました。
家から車で1時間は掛かりますが
これでも近いほうの施設です。
娘が施設に入所してすぐは
移動の影響で体温が下がり、呼吸状態も悪かったため
個室にて様子を見ていただいてましたが
幸い、数日して状態は安定してきました。
しかし施設に移動して2週間も経たない頃
”呼吸状態が悪いので今すぐ来てください”と電話で言われました。
急いで向かうとサチュレーションの値が60〜70%台で
顔色も非常に悪い状態でした。(正常値は96〜100%)
酸素を最大限入れてもらっていましたが、数値は戻らず。
医師からは
”これ以上呼吸器の数値を上げたら肺が破れる恐れがある”
”今夜が山場かもしれない”
と告げられました。
約8時間、近くで見守ることしかできませんでしたが、
幸い数値が正常値に戻り、呼吸状態が安定しました。
しかし今後また急変した場合、骨折する恐れがあるが
心臓マッサージを行ってでも救命するか
と残酷な選択を迫られました。
私は、すぐに決めることが出来ませんでした。
生きるとは何かという
答えのない問を考え続けました。
ただ、娘をこれ以上苦しませたくない、それだけでした。
1週間後
夜の23時に電話が掛かってきました。
”呼吸状態が悪いので今すぐ来てください”
明らかに声色から察せられる緊迫感。
急いで向かいましたが到着した頃には
既に娘の心臓は止まっていました。
片肺が潰れており
もう片肺だけで必死に頑張ってくれていました。
本当に、限界だったんだと思います。
その後、霊安室で私と夫と娘と3人の時間を過ごしました。
初めて呼吸器も鼻チューブも外し、
何もついていない娘を抱っこできました。
最期は、目も綺麗に閉じ、
穏やかな表情になっていました。
あれから月日は経ち、
8月14日で娘の死から半年が経ちます。
生きていれば
今頃1歳10ヶ月でした。
もう娘には会えませんし
写真を見返すと泣きたくなりますが
今ある小さな幸せを感じながら自分なりに
前向きに生きていこうと思っています。
娘のことを応援してくださっていた皆様
ありがとうございました。








