すると、
レベルの違い。と出る。
んでレベルの違いを考える。
すると、
レベルなんてのは高ければ良いだけな訳では無い事に気付く。
うろ覚えだけれど例えばデフコンならばレベル5は報復行為の強制発動だったかで、
又例えば初期をレベル1にする場合に終末期や死期に向かい移行するに従いレベル表記としては2や3へと高まる様な表し方も在る。

とか、まぁ…人の格に差を求めるなんてのは人格の違いを認め合う為よりも他者を蔑んで安心を得ようとする為である場合が殆どでしか無い様に映る。悲しい。

きっと耳目は歪んで脳は腐っているんだろう。
勿論私自身の、ね。

では、
その昔は広葉樹ばかりの山だったが何時の間にかは知らないが針葉樹が増えた。

子供の時分に植林を手伝わされて嫌だった。

との話を開墾の手伝いその合間に近隣の方々から聞くに思った事として、
その昔材木として高値で売り買いされていたであろう針葉樹だから植林されていた。
その結果、その犠牲として風情は死に花粉症患者が増えた。

だとしたならば、
何時その他一般にはやや過去の薬害エイズや昨今の原発の様な生け贄探しをされても不思議は無いな~、
とか思ったり経済っつーか欲には犠牲が必要なのかも知れないな~、
とか思ったり。

又は、
そんな環境下でそれでもその土地に留まり生きる者やその後に続くだろう者共の今後は国や格自治体頼りの主体性を欠いた生き方しか無い様な闇が見えた…様な気がしたっつーか実際にはその様な生き方を選んだ事の歪みが招く不自由や恨み辛みの様な、緩やかな濁流の様な意思が渦巻く事からも発生しているであろう生き難さが過疎地域には満ちて在る様に見えた。

つまり、
破壊や創造よりも維持又は再生は難しい。ってだけの事なのかも知れない。
そして、
だから何な訳でも無い。

まぁ…でも基本的に開墾とは関係無いなコレ。

では、
例えば旅行したい人の意思、意向。
その背景には逃避が見える様に思う。
しかしその逃避とは現実に立ち向かう為の距離や幅を確保したいからなのかも知れない。
とか、又は
閉塞し硬化している己を軟化させ打破する為の鍵と成る何かを探す様なのかも知れない。
とか、
そーゆー仮の正方向に向かう術の一つかも知れない。

でも、
その様に考える事の出来ない人はただ逃げ避けるだけが逃避なのだとしか認識出来ず他者を責め苛む場合も有るかも知れない。

まぁ…そんな場合もありますよなだけで基本的には下らなく、どーでも善い話。