5月26日のこと昨日は朝から早起きして 大阪、神戸へ。 3時間かけて大移動! 戌の日の腹帯を巻く 昔からの伝統的慣わしで 忙しく過ぎてきました・ 疲れはててしまって 17時にはDOWN 目覚めて 時間的にshockなRIKAです(´A`)
今:悲しみを乗り越えて現在の私は妊娠5ヶ月に入る体をしています 今に至るまでに沢山の悲しみを乗り越えて来ました… 今回の妊娠は実は初めてではありません 〓度目になります だけど〓度目は4ヶ月に入った時に胎児の異常が見つかり 2004年2月4日 不本意ながら下ろす結果に至りました その時の悲しみや 苦しみ 怖さを 今でも昨日の事のよぅに思い出します だからこそ今回 妊娠が分かった時は涙が溢れて止まりませんでした 妊娠が分かったのは赤ちゃんを下ろして丁度一年たった 2005年2月4日の事です 予定日は夫と初めて出逢った 2005年11月11日で その偶然に怖さを覚えたのも事実です でも だからこそ この命を守りたいと声をあげて泣きました 私は両親にハッキリ言うと 恵まれまていません だから家族と言うガラス玉が 欲しくてしかたなかった頃があったのです 初めて男の人を知ったのは17の終わり頃でした 月日は流れ5年立ち 私の夫は当時の彼です 当時の私は病気で声を失い 会話のできない子でした それは付き合い始めて3年も続いたのです 入退院を繰り返した私はその3年の間に7回の手術を受け 成功したのは最後の一回だけでした ボロボロだった私を声のでない私を ベッドでトイレさえもいけない醜い私を 手を握り 声をかけ 涙を拭い 一緒に泣いて 励ましてくれたのは ずっと側にいてくれたのは 彼だけでした 幾度となく もぅ私を捨てていいんだょって言ったのに 決して私の手を離そうとせず 私の側で私に甘えてくれたのです まるで普通の女の子のように 接してくれました あの頃 私に彼がいなかったら とっくの昔に私は自ら命をたっていたかもしれません 今私は彼の子供を身ごもっています それは例えよぅのない喜びと 私の怖さです 夫は毎日のよぅに私のお腹に触り 手に触れ 子供への喜びを心から投げかけてきます しかし先日 医者に言われたのです 子供を無事に産む確率は 30%にも満たないと つまり私は命を落とすかもしれません それは喉の障害と関係する事実なのです 私が死ぬと宣告されたのは 21年間生きてきて 今回で4度目になります つまりは3回とも無事に生き続けている事実もある 私は賭けてみたいのです 夫と今ある小さな命のためにも 私が来年 子供と夫と3人で幸せな家族を築けている未来に 魂を…