みなさん
いかがお過ごしですか。
春の桜が咲き出しましたね〜
我が家の庭の桜はもう少しで咲きそうです。
春の花々は何時もフレッシュで心もリフレッシュできます。
今月は「心」に関してのお話です。
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10月 『気づきの瞑想』配信
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『心』に関しては既にコースでも深くお話ししていますが、
日々の生活の中で直ぐに忘れてしまう『心』のトリックによって、
常に翻弄させられているのが、実情です。
最先端の精神心理学でも、まだまだ“「心」がどんなものであるのかを
きちんと説明されていない”という事を9月配信で、
UCLAのダニエル・シーゲル博士の
ご紹介と共にさせて頂きました。
今月は、ヒマラヤの教え
「心を空っぽにすれば夢が叶う」
ヨグマタ・相川圭子(サマディマスター)著
をご紹介しながら、
もう一度、『心』に関して振り返り、日々の生活、瞑想に
反映して頂ければ幸いです。
著書の帯:
よしもとばなな 『心と体がここまでスッキリと一緒な方を他に知りませ
ん。日本で今、まじめに生きていきたい、器用に生きられない人にとって
大切な本となるでしょう。』
パイロット・ババジ *インド・スピリチュアル協会会長、
マハヨガ協会会長、サマディマスター
『精神的指導者としてインド中の尊敬を集めている
ヨグマタは、人に幸福をもたらす、大きく優れた力を持っています。
この本は、変革期を迎えている日本の、広く一般の人々、なかでも人
生の指針を求めている人たちの心を豊かにし、
深い安らぎに導くに違いありません。』
「」は全て著書からの引用です。
私たちの内側のメカニズム
マインド『心』>智慧(叡智)>エゴ(I・自分)>潜在意識>純粋意識>魂
マインドから潜在意識までは全てカルマです。
「魂と心は異なるものであり、本来の自己は魂に他なりません。
すなわち、全てを支え、エネルギーを送っているのは、太陽のよな
存在である魂なのです。ところが、殆どの人は、心が魂を支配している
状態になっています。心があまりに発達しているので、心が自分だと
思い込んでしまっているのです。」
「魂は英語でいうソウルにあたり、サンスクリット語ではアートマンと
呼ばれます。― 霊は、カルマを持った心と魂とが一緒になっている
存在と考えればよいでしょう。
霊は英語のスピリット・ボディ、あるいはアストラル体にあたります。
ただしキリスト教ではスピリットはソウル、魂を示すので、注意してください。
その考えでいくと、お化けも先祖の霊もスピリットになるわけです。」
「本来、寝る事には、心身をリラックスさせ、エネルギーを蓄え、
元に戻すという作用があります。適度な睡眠をとる事で、疲れたり
傷ついたりした心身は、自然に戻る様にできているのです。
ところが、有り余る情報の渦の中で暮らしている現代人は、
欲に向かってすさまじいエネルギーが流れている為に、
その興奮が睡眠を取るくらいでは静まらないのです。
食べ物もまた不自然なものが増え、
生活全体が複雑怪奇で人工的なものになってしまったため、
ちょっと寝たくらいでは心身が基に戻らなくなっています。」
「そうしたストレスや残留エネルギーを溶かすためにも、
毎日、朝晩瞑想する事は大切です。」
「霊能者やチャネラーの言葉 ― トランス状態に入り、
人の魂に接触して過去生を見ます。
相手の心のレベルに繋がってしまい人のカルマを受ける事にもなります。
その行いは心を強めてしまう事に繋がり、心を外して魂の自由を得る、
悟りへの道とは全く異なるのです。その言葉にこだわってしまい、
エゴが強くなったり、心配になったりします。
大切なのは、本当の自分を知っていくことです。魂の自由を得る為に
大切なことは、とらわれる心の働きから自由になっていくことです。」
「マインド・パワーが強くなることは危ない―現代は激しい競争社会です。
自らの心と体を強くする事で、勝ち残ろうとしている訳です。
その戦いのさまはエゴの戦いとなってきます。
最近はマインド・パワーを強化する事を好ましく思う風潮が
強くなっているようです。しかし、それは強くなった分、とらわれ、
執着となって、その人を翻弄するのです。
スピリチュアルな世界もそのほとんどが、常に心を強める
修行です。心を持って癒しに使ったり、心をもってテクニックに
使ったりする事によって、心は変化し、心の働きが強められるのです。
サイキックな人は、常にイメージやビジュアライゼーションや自己催眠
のマインドを使っているために、ますます心霊能力が強くなって行きます。
人の未来や過去生について語る職業の人は、多くの場合、
それらをイマジネーションから言っています。その様に心を使うことは
真理への道ではありません。心は疲れ、本当は幸福ではありません。
イマジネーションは心の世界であり、真理に出会うためには心を無くして
行かなければならないのです。
心霊能力は人を癒す力にもなります。しかし、それはその人にとって、
根本からの癒しではないのです。全ての問題は、本人が気づいて
行く事によって、初めて苦しみからの真の解放があります。
それが真の能力開発と成功です。」
「マインドパワーを強化する前に、心を浄化する事が不可欠―本当の幸福は、
執着の無い心になり、調和の取れた人間になる事ですが、
常人には無い特別な能力に執着してしまうと、
個性的魅力が現れる一方、それは心の働きで在る為、
歪みが生じて、やがて苦しみになって行くわけです。
マインド・パワーの強い人は、心を浄化してバランスをとって
行く事が大切です。多くの人は真理を知らないので、
心の浄化をないがしろにして、ただ、マインド・パワーを身につけて、
一部の能力を物質的なものを得る事を目的として、その欲望を実現、
エゴの欲望に動かされて、おごりになり、強いこだわりとなります。
そうしたマインド・パワーはエゴを強くし、マインドが異常に強く
なり、自他ともに翻弄されてしまい、そこからマインドを外して、
平和になることが、さらに難しくなっていくのです。
そして、そういうことを聞きたくなる依存の心を強めます。
そうした言葉は一時的にはなんらかの効果があるので、
それはそれで癒しになって行く事もあります。
しかし、正直に申し上げると、それは双方が
カルマを積み、真理からますます遠くなる行為であり
自分の内側からの気づきと変容と解放にはならないのです。
本当に霊が取り着く事が自然に起きたなら、
その人が自分に戻った時、エネルギーのバランスが崩れてしまいます
からそれは大変疲労する事なのです。
スピリットや霊は悟りの人のように浄まっていないので
純粋ではありません。
一方、悟りの人は至高なる存在のパワーと繋がっているのです。
霊の世界に入り込もうとするならば、それは大変に危険な事であることを
承知し、そして自分がどういうカルマをもっているか、気づいてください。
スピリチュアルな道は、その道を良く知るマスターの指導無では、とても危険なものです。」
因みに悟りのマスターとは、全てのカルマが浄化され生死を超え、神と一体になった
存在のみです。
「無知であることは、知らない内に人を傷つける―罪を犯さないまでも、
誰かが罪を犯す手助けをしているかもしれません。
無意識に誰かをジャッジしたり、直接的に何か自分が悪い事をしなくても、
良くも悪しくも、無意識のうちに無知な、あるいは欲望の心を使い
自他を曇らせているのです。真理を知らないからです。
そうならないようにする為には、本当の自分とはいったい誰なのかを知る事、
その為には自分を見つめていくことです。常に自己を反省し、謙虚であると同時に、
こだわりのない人柄になり、相手を尊敬していくことです。そして、周りの人
がほんとうに幸せになってもらいたいという、大きなきもちになっていくことが
大切です。外ばかりを何とかするということではなく、自分の内側の調和を
はかり、平和が満ちるようにするのです。」
大分沢山の引用を致しましたが、
9月はサイキックに関する質問がありましたので、
その辺りもヨグマタジの著書に詳しく出ていましたので、
ご参考になってください。
書かれている通り、興味半分の霊能は真理を知らない、
無知であるが故に知らずの内に人を傷つけ、カルマを生む事にも
なるという事が良く解ります。
さて、人の「心」は非常にクリエーティブで美しいものですが、
全てに両極があるごとくに、「心」は人を苦しめるものでもあります。
現代の仏陀と言われる、パイロット・ババジのご講話に、
“会社から帰ったら、スーツを脱いでハンガーにかけますね、
その時に 「マインド・心」も一緒に脱いでハンガーにかけてください。
必要な時にだけ使えばいいのです。”とあります。
これはとってもわかりやすい表現だな、、と思います。
「心」を使うときは、”愛、喜びと感謝“を感じる時だけ、
と言われます。それ以外の時は「心・マインド」は止めて生きると、
カルマも生まず、疲れず、且つ、カルマの
お掃除にもなると言う事です。
以前、瞑想会でもマインドを止める練習をした事がありますが、
皆さんも是非トライしてみてくださいね。
最後に、ヨグマタジのハートに向けての祈りです。
瞑想の前に静かに心のなかで祈りましょう。
「私の体が平和でありますように。
私のアストラルな体が平和でありますように。
私の心が平和でありますように。
すべてが平和でありますように。」
平和な10月をお過ごしください。
ご質問、ご意見お待ちしています。
光愛感謝