どうして僕は生きてるのだろうか。
何のために生きてきたのだろうか。
そんなことばかり考えていたら、頭がおかしくなりそうだ。好きな人のために何かをしてあげようと思っても何もしてあげることができない。
自分でも自分が嫌になる。
ふと気が付くと、何か月も過ぎている。
苦しいことがあっても、乗り越えるのではなく、その場限りのことをして自分をごまかしてしまう。
このままでは自分が堕落していってしまう。
そんな気がする。
人生を長く生きたか、そうでないかが大切なのではない。
人生をどれだけ価値あるものにしたか、そうでないかが大切だ。
そう実感している。
それでも、その実感に対して自分自身が向き合おうとしていない気がする。
この短い人生経験の中で感じることは、まだ人生は終わってはいないということ。
一度、ぼくは他人を嫌いになり、自分をも嫌いになってしまった。
その時から挫折が始まった。
何をするにしても、慎重になりすぎて、行動を起こせなくなってしまった。
人に挨拶をするのにも躊躇するようになってしまった。他人の目が怖い。
嫌われるんじゃないのか、
陰で悪口を言われているんじゃないのか、
間違えたんじゃないのか、
失敗したらどうしようか、
そんなことが頭の中をよじって自分を蝕んでいく。
それからというもの、怖くて何もできなくなってしまった。
最近では自分のことを『動く死骸』のように感じることがある。
苦しいし、悲しいし、辛いし、気持ちが悪い。
こんな稚拙な言葉でしか表現できない気持ちが情けなく感じる。
自分が何者でどうしていくべきなのか、がわかない。
自分の居場所も、自分の存在も、生きる価値も何もかもがわからない。
もうなるようになってしまえ、と思うこともある。
だけど、命を粗末にはできない。
そのことも、同時に理解している。
自分とは比べものにもならないくらい苦しい境遇に置かされている人がいる。
そのことを考えると、心が痛む。
非常に申し訳ない気持ちになる。
そう考えたからと言って自分を卑下する気持ちが消えたりはしない。
逆に、自分は自分の今いる環境に甘えている。
なんて卑怯で空しい生き物なんだと考え始めてしまう。
そうこう考えているうちに、
『お前は生きなきゃダメなんだ。今まで自分を養ってきてくれた両親に恩返しもしていないのに、自分の命を絶つなんて、そんな親不孝なことがお前にはできるのか。』
そういう自分自身の声が聞こえてくる。
僕はなんという醜い生き物なのだろうか。
もう、何もかもがどうでもいい。
そう思いたい。だけど、どうでもいいわけがない。
生きなきゃいけないんだ。
生きたいんだ。
満足のいくように。
終
