日本でも割とのんびり過ごせる地域で私たち4人は暮らしていました。

コロナ禍もそこで経験し、そろそろコロナも落ち着いてきたかなというところでした。


不意に、このままこの子たちは日本に居続けるのかなぁ…と何かこのままではもったいないような気持ちが芽生えました。


今振り返ってみると、コロナ禍で閉ざされた世界に溜まっていたものが沸々と湧き出てきたような、そんな感覚だった気がします。


秋と冬は幼稚園の3、4年間は小さなインターナショナルスクールに通っていました。2人は会話を英語でしていて、公立の小学校へ行っても英語で会話はできる状態でした。


そんなベースがあることも1つの要因でしたが、海外の学校へ行ってみない?と小5の時、秋に尋ねてみるのでした。