叔母の葬儀が先日行われた
親子と兄弟のみの家族葬だけど、私と従兄のみ送迎で参列
特に思い入れのある叔母でもない
思い出といえば、嫌な思い出のみ
子供のころ、そこの愛娘たちより年上だというだけで、全て私が叱られた
従妹たちが勝手にやらかした事に対しても『〇〇ちゃんしかおらんじゃろ』と決めつけられた
母親の目を盗んで悪さをする従妹たちは、母親にとっていい子だったから。
夜ご飯は粗食
『お肉は大人の食べるもの』と叱られ、美味しそうな肉や魚、フルーツを横目で見ていたものだ
お腹空いてたのかな?
そこへ行ったら、生野菜(人参やキュウリ)をかじっては美味しいと喜んでいたなぁ~
そこは、母の実家
私たちを不憫に思ったら祖母はこっそり自分の隠していた食べ物を食べさせてくれたなぁ~
そんな祖母は87歳で他界した。
クソババア呼ばわりされて、家事一切死ぬまで家政婦のようにこき使われた。
孫には蹴られてはアザを作ったり、ひどい時は骨折までしていた
あまりの辛さに寝込んでいたら、再び『クソババア何寝とるんや』と蹴られた
今で言うDV
見かねて無理やり温泉に連れて行ったりした母
けど、それがバレると再び殴る蹴る
そんな事をされても祖母は内孫が可愛かった
『うちで暮らそう』
なんて言っても
『優しい所もあるんよ』
なんて内孫を庇う祖母
悔しかったなぁ~
ずっと母親がわりに内孫を育ててきた祖母にとって可愛くて仕方ない存在。
どんなに頑張っても外孫は内孫には勝てないって思い知らされる度に。
そんな祖母が危篤
すごく会いたかった
大好きな祖母
いつも私の味方だった祖母
そんな祖母に外孫と言うだけで会わせて貰えなかった
母たちですら、危篤になるまで会わせて貰えなかった
祖母だって孫や曾孫に会いたかったはずなのに・・・
祖母に会えたのは、葬儀だけ
悔しかった
悲しかった
辛くて1人公園で泣いた
何で祖母
なんで最期までこんな目に合わなければいけないの?
戦時中、家族を守り、戦死した祖父の分まで頑張って子供4人を育てた
最期まで働き詰めで病院では
『よくこんな心臓で生きてきましたね。心臓がぼろ雑巾のようになってました』
と母は聞かされたらしい
祖母が何をしたって言うの?
祖母を殺したのは、叔母や従妹
そう思ってきた
そんな従妹は、いまだに『尊敬する祖母』と他人にいう
どの口が言うのか虫唾が走る
恨み言の一つでも言いたかった私だけど、
『この人達にも必ず天罰が下る日くる』という母の言葉を信じて生きて来た
そんな叔母葬儀
9年前から施設に入り、最後は認知で家族の顔もわからなくなった
葬儀にきた施設の人達が涙する
『そんなにいい人だったわけ?』
疑問に思う
出棺前、棺に寄りかかり声高らかに『おかあーさん、おかあーさん』と泣く従妹
演劇の世界かと思うくらい張り上げる声
わざとらしいと皆が思う
叔父は最期まで叔母に尽くし、良き母、良き嫁と思い込んで愛し抜いた
こんなに愛される人も珍しい
そう言う意味では、この叔母に天罰は下ったのだろうか?と疑問に感じる
大嫌いな人の葬儀に参列すること程辛いことは無いものだ
顔も見たくないのに顔見なくてはいけない
恨みつらみが強すぎて、お別れなんて言えない
涙のなの字も出ない
なんて言ったら、天国の祖母に叱られるだろう
『人は、恨みや憎しみをもてば、それが必ず自分に跳ね返る』と。