人体に影響を及ぼす数値ではない…って
学校のプールの水の検査結果報告



だからといって…子どもをプールに入れられる?

平常値ではないんだよ?

「お母さん」達に聞いてみたい…。



「安全」と「安心」は違うん



私自身…小さな子どもが居なくて良かった。。。

私が母親だったら、間違いないなくプールに入れられない
(T_T)



誰かが言ってた…

「正解な情報を得る」
「得た情報を理解する」
「その理解に基づき判断する」
「風評に惑わされない」

…その通りだと思うし、実際そうするしかない

正解な情報が手に入ってるかどうかは別問題として、
事故後、ほとんどの判断やらは個人に委ねられてきてるからね



もはや汚染されたって事実は曲げられない‥だから‥ついでに、不安感を取り除く方法を教えて欲しい

ここで生きてくほかないんよ?




『知恵を出さないやつは助けない』

政権や政治や関わる政治家云々‥それ以前の問題

「人」として、失望した

‥‥悔しい



大きな被害を免れた地域では、目に見える限りは以前と変わらないように生活をしてる

…私もその1人

目に見えるとこでは、地震で家が被害にあっただけで、かといって住めないワケじゃない
仕事も無くさず以前のように働いてる



だけど、目に見えないとこで…たくさんの苦しみを抱えた

私だけじゃない

今も進行形の苦しみ

瓦礫の町から避難生活をする方々
帰れる家があるのに帰れない方々
…そういう方々の気持ちや現実を見聞きするたび、奥歯を強く噛み締める

私には何もできない…無力感

せめて気持ちだけは寄り添う…そんな悲しさ

‥‥どうして「人」として分かってくれないんだろう?



(-_-)いや、、、あんな発言を軽々しくする「人」に、わかるワケもないか

勝手に期待して、挙げ句に裏切られて…勝手に傷ついたってだけの話だ




宮城と岩手の両県で津波の恐怖を目の当たりにし、避難生活を強いられた子ども達の作文を読んだ。

小学生から高校生…数十人…震災から2ヶ月余りの頃に書かれたもの



‥‥想像を絶する

「救助されたボートの上で初めて見たものは たくさんの死体でした」

「腰まで水に浸かり 背負った妹と校舎の三階まで逃げました」

「その晩は画用紙一枚をかけて寝ました」

「目の前で家や車、人まで流されていきました」

「まだ○○(肉親の誰か)が見つかりません」

‥‥読み続けられなくて…少しずつ読んだ。



事実より何より、、、
必ずと言っていいほど最後には…「ありがとう」って感謝を感じる綴りに泣けた

生かされたことを前向きに捉えようと、
たくさんの方々への感謝を述べ、未来を描く子ども達



奪われたものは…悲しいけど返らない

だから、また、造る…子ども達がきっと造ってく

この子ども達に希望を見失わない世の中にしてあげることが私ら大人の責務



くだらない争いは この子ども達の未来を潰す

被災地のこと忘れないで?
心を…寄り添わせて?

大人が争ってる場合じゃないの…