このブログは・・・
「木工家具職人の夫」
「宇宙法則・エネルギー大好き
レイキヒーラーな妻」
「2人の息子たち」
で構成される『ぶち家』の変化の記録を妻目線から綴った、少し変わった引き寄せ日記です。
私には大切な仲間たちがいます。
20歳前からの付き合いだから、
もう20年近くなる
私は美術大学のデザイン科出身なのですが、
同期に家が割と近い女の子がいて、
その子と地元の友達ぐるみで遊ぶようになり。
キャンプや音楽、そしてデザインや物作りが好きな彼らは、やがて
「キャンプ場でゆっくり音楽が楽しめるフェスみたいなのやろう!」
って言い出して。
『CAMPS』っていうイベントをやるようになりました。
1〜2年に1回くらいのペースで、
初夏とか秋とかに開催して。
最初は小さいキャンプ場から始まったけど、次第に規模が大きくなって。
仲間うちから始まったイベントは、どんどん関わってくれる人が増えていった。
2011年の5月だったかな?
7回目のCAMPSを開催する予定でした。
でもね、できなかったの。
震災が起きて。
仲間うちの何人かは、当時子どもが生まれたばかりで。
原発事故の赤ちゃんへの影響を怖れた彼らは、西へ西へ、南へ南へ、移動しながらしばらく避難生活を送り。
そして、沖縄への移住を決めた。
CAMPSは、それっきり開催されていません。
あれから、あっという間に7年が経ち、
あのとき赤ちゃんだった男の子は
小学校1年生になった。
今でも、彼らが沖縄から地元に帰省してくるたびに、みんなで集まってる。
先週末の3月10日にも、久々に彼らと集まりました。
仲間のひとりが入籍したお祝いをするために、沖縄帰省組が音頭をとって。
7年の間に、みんな、お父さんになったり、お母さんになったり、
社長になったり、お店のオーナーになったり、会社員だったり、プータローに戻ったり(笑)
仲間のひとりでもあり、
7年前はIT企業に勤めていたうちの旦那さんは、仕事を辞めて職業訓練校に通って木工職人になり、
同じくIT企業に勤めていた私は、
マクロビにハマって自然食品店で働いて、
お母さんになって、
育休欲しさになぜか保険レディになり、
「どんな自分も愛したい!」と生き方を模索してる。
でもね、彼らと会うと思い出すんです。
どんな自分でも、ずっと前から愛されていたんだなーってこと。
これから先、私がどんな職業について、
何をしてても。
お金が稼げても稼げなくても。
すごくうまくいっても、すごくしくじっても。
たぶん、彼らの態度は変わらない。
なーんも持ってない、
そのまんまの「あいみ」として
いつも接してくれる。
住んでるところや、職業や肩書きは、
みんなそれぞれ変わったけれど。
いつ会っても変わらない。
どこにいても、何をしてても、
お互いがお互いを好きだということ。
相手が変わっていくことも含めて、
少し離れたところから笑って見守りあえるということ。
そういうスタンスが、ずっと変わらない。
2011年までは、これからもみんなずーっと近くにいるんだろうなーと思ってた。
だから、離ればなれになったこと、
最初は寂しくてショックだった。
でも、離れて初めて、
変わらずにお互いを想いあう気持ちがあることに気づけた。
それって、
私が躍起になって求めている
「自己肯定」とか「自己受容」の感覚に似ていて。
何をしてても、どんな自分でも、オッケーであるということ。
彼らに会うだけで、いつもポンと簡単に思い出す。
私がどんな彼らも好きであるように、
彼らもどんな私でも好きで許可してくれてるということ。
そして、本来、すべてのものから私は許可されてるということ。
離れたからこそ、会うたびに気づけるようになった。
私にとって、3.11は、彼らといったん離れて、
「自分」であることを生き始めたきっかけの日。
思い出すたびに、彼らと私の道は違うと実感する日。
でも、違うということも含めて、相手のすべてを認めて、
離れたところからいつも幸せを願える、
そんな気持ちがあるのだということを信じられる日。
すごく個人的ですが、
3.11を迎えるたびに、私はそんなことを考えます。
私は、ここにいて、生きて、
他の誰とも違う私だけの道を歩いているのだということ。
そして、そのことは許されているのだということ。
私だけじゃなく、すべての人がそうなのだということ。
今年もちゃんと思い出すことができました。
ありがとう。
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沖縄に移住した友人夫婦は、
今帰仁村で1組限定の宿をやっています。
沖縄に行くときはぜひ!
夫の木工Shopもやってます。
こちらもどうぞよろしくです
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