高校卒業後の進路を、母親のすすめで、介護の専門学校へと決めた。
私は、東京にある専門学校に行きたかったのだが、母親にやはり反対された。
「東京になんて行ったら、どんな人間になるかわからない。」
とにかく、母親は、私が人の道を外れるのではないか、そんな事ばかりを気にしていたようだ。
お兄ちゃんは東京の大学に行ったのに……
なんで、私はだめなの?そんな、拗ねた気持ちだった。
名古屋なら、まだ良いだろうと、名古屋の専門学校に決めた。
でも、一人暮らしはだめ。寮に入るという条件で、名古屋での暮らしが始まった。
名古屋での寮生活は、母親の目を離れた事もあり、すごく気持ちが楽だった。解放された気持ちだった。
専門学校でも、やっぱり、人目、人見知りで、なかなか、馴染む事は出来なかったが、数人の友達は出来た。
恋愛もたくさんして、専門学校生活は、それなりに楽しかった。
でも、専門学校2年生の時、母親が癌になった。
私は、不安で不安で仕方なかった。
お母さんが死んでしまうかもしれない。この世から母親がいなくなる事が何よりも恐怖だった。
この恐怖は、心の勉強をして後にわかった事だが、共依存からくる恐怖だった。
無意識にお互いを必要とする事で、存在意義を見出していたのだから、母親がいなくなる事は、私の存在までが脅かされる。無意識に母親に全てを委ねていた私は、その母親がいなくなる事は恐怖でしかなかった。お母さんが居なくなったら生きていけないと思っていた。
でも、幸いにも、手術をして、命は助かった。
この出来事もあり、私は、就職先を地元にした。
2年の専門学校生活を終え、実家に帰った。
高齢者施設への就職を決め、社会人として働き始めた。
しかし、慣れない夜勤勤務に人にばかり気を使ってしまう、そんなこんなで、体調を崩し、1ヶ月で退職。
2ヶ月程のニート生活をした後、整形外科で働き始めた。それから、2.3年たった23歳の時、当時、付き合っていた彼との間に赤ちゃんができ、出来ちゃった結婚。
名古屋で仕事をしていた、彼のもとへ行く。