たまらない本は

泣きもするし、時に

一人で、ツボにハマって笑う大いに


この姿は

きっと変人に見えるだろう


曹洞宗大教師 関大徹

「食えなんだら食うな」

この本の中に、福井の吉峰寺に

いろんな人がきたとある

ノイローゼの少年や、自殺か

一流大学に入るかというせまい

選択肢の中で身動きもつかない

ヘンな若者もいたという

あるとき大阪に住む中学二年の

少年が親戚の人に連れられてきて

何をしにきたのかと聞くと

ノイローゼだという。それで

どうするつもりだと聞きなおすと

お寺で治してほしいという

冗談ではない。お寺は精神病院では

ない。それに精神の異常を「治す」

という精神が気に食わぬ

息子の異常よりも親の家業の方が

大事であり、大事であるがゆえに

お寺へやってしまおうという親の

安易さに腹が立つ

同じタダでやるなら健康保険の

きくとこへやればいいではないか。

そこを世間体とかなんとかいう、

息子のためではなく、親および

親族の思惑がらみで、こんな山奥へ

やられてきた少年が哀れでならぬ。


とはいうものの、治るということは

請け負えぬながらも、関住職は

彼を寺に預かり、かなり重症であった

彼を朝から叩きおこし、禅堂へ

連れていき、儀軌どおりの坐禅をさせ

昼は作務を命じ…


めまぐるしい事象ののち

彼の中を秀でた勉学力に気づき


三か月後には普通の少年になり

年が明け両親が迎えに来て

何ごともなかったように帰って

いった ところが折り返し

両親からの便りに進級させる

ことが難しいと学校でいっている

という便りを見るなり関和尚は

雪をついて大阪へ出て、担任の

先生にねじこんだ


ここからが好きすぎて 

  ↓

「彼は普通の子の勉学よりも

もっと尊い勉強をした」と私は

告げた。あんたのような愚物には

わからんだろうが…といういいかたも

した。

愚物という言葉には、さすがに

相手もムッとしたらしい。

顔色を変えたので、私はしまった!

と思った。これは藪蛇にになったらしい

と両親に詫び、私も吉峰寺へ帰った


藪蛇でも、もともとではないか、という

肚の坐りがあった


 このくだりが

 たまらなく 好きだーーー!


少年はほどなく進級できたと両親から

連絡があったとのこと






頭ブンブン

ふって、頷きまくる




執行社長の

このフレーズがたまらない!



私は個人的に

執行社長の、眉間の皺が大好きだ!