楽観よし悲観よし。
悲観の中にも道があり、楽観の中にも道がある。

                                            ー  松下  幸之助  ー






山の天気は変わりやすい。

大雨ではないけれど、小降りと本降りの間ぐらいの雨の中

あたしは木で出来た十字架に縄で縛られていた。

さすがにずっとこれが続いたら、寒さで気を失うかもしれない。

いくらもうすぐ5月とはいえ、ここは東京ではない。

軽井沢の山の上である。

しかも露出の多いドレス姿。

なんでこんな目に遭わないといけないのだ。

左を見ると、十字架はもうひとつ作られていた。

風を縛るはずだった十字架は、何も縛ることなく寂しく佇んでいた。



ジェイル「愛美大丈夫?寒くない?」

あたし「寒いわよ」

ジェイル「そう」



そう言って、ジェイルは100mぐらい先に停めてあるリムジンに行き

ダウンジャケットを持ってきて頭からかけてくれた。




あたし「人質なのに手厚い保護してくれるね」

ジェイル「俺、実は優しいんだよ」

あたし「優しいなら教えてくれる?あんた一体何者なの?」

ジェイル「何者でもないよ。色んな名前あるんだ」

あたし「Lowyaはコードネームだよね?」

ジェイル「まあね」

あたし「なんでLowyaにしたの?」

ジェイル「適当だった。一応韓国に住んでて仮の名前はカン・チェイル。
チェイルって名前は前も言ったけど、韓国語で一番って意味。
それが好きじゃなくてジェイルって韓国でも呼ばせてた」

あたし「名前負けするからやだって言ってたよね」

ジェイル「名前負けどころか名前勝ち、だけどね?一番どころか秘密結社のトップだし」

あたし「……」



秘密結社って言っちゃった。

あたしはバレないように秘密組織ってずっとブログに書いてたのに。



ジェイル「ジェイルって英語ではjailって書く。それを日本語に翻訳したら、刑務所、監獄、牢屋って出てきたんだ。
だからコードネーム作れって言われて、適当にロウヤにした。ロウヤなら日本人っぽいでしょ?」

あたし「……ロウヤって名前も日本人じゃ珍しいけどね」

ジェイル「そう?日本の知り合いにはジョウヤってやついたけど?」

あたし「まぁいいわ。ジェイルは生粋の韓国人なの?」

ジェイル「国籍上はね。でも血統は完全に日本人」

あたし「は……!?そうなの!?」

ジェイル「国籍も戸籍も沢山持ってるよ」



国籍も戸籍もたくさんある!?

貴之みたいなもの!?



ジェイル「愛美知らないの?上流階級の人間たちに仕える者は、戸籍は自由自在に変えられるんだよ」

あたし「知るわけないでしょうが。あたしは一般市民なんだから」

ジェイル「日本ってさ、日本じゃなくなってるのは?」

あたし「それは何となく聞いた。日本の政治家たちの中には売国奴がいるって」

ジェイル「そう。北海道とかさ、人の少ない土地をどんどん、ロシアや中国が買い取ってるわけよ」

あたし「……なんで外国人が日本の土地を買えるのさ」

ジェイル「大金さえ払えば買えるんだよ。大金貰えれば日本国家も喜ぶ。そういうものなの。で、それがあまりにも露骨すぎると日本国民から反感買うから、日本人名で土地を買ってたりするわけ」

あたし「……最低。売国奴がいるって真実じゃん」

ジェイル「そう。だから俺には日本人名での国籍、戸籍を自由に使ってる。
で、俺の嘘の名前で、日本の土地をたくさん持っている。もちろん国はそれを承知の上でね?」

あたし「じゃあ、日本はもう手遅れじゃん。中国とかロシアに乗っ取られるの前提じゃんか」

ジェイル「どうなんだろうね?アメリカが黙っちゃいないと思うけど」



政治には全く興味なかったあたしだけど

この時ばかりは腸が煮えくり返った。

何をしとるんじゃ上流階級というものは。

土地を売ったら普通に日本は終わりじゃん。

しかも国民にバレないようにこっそりと?

アメリカが日本に、堂々と米軍基地を作ってる方が可愛く思える。



ジェイル「お、きたきた」



佐藤の車が入ってきた!

HALたちは……まだっぽい。

車から、佐藤と風が降りてきた。

佐藤たちの前に、10人ぐらいの男たちが立ちはだかる。

あれ、間宮がいない?

まさか隠れて特攻部隊とか言わないでよね!?



ジェイル「もうひとりのSPは?」



ジェイルも気がついていたらしい。

怪訝そうな顔で、遠いから大声で聞いた。




佐藤「携帯電波が悪い関係で残らせた!
SOS出した位置情報はあの教会の前だから!」

ジェイル「あー。そう?でもここは電波届くけどね?」



そっか。

風のSOSを出したのはあの時だから

Jたちはあの場所が受信されて、あの教会へ向かってるのかもしれない。



風「愛美ー!」

あたし「風!ちゃんとご飯食べた!?」

風「うっ……」

佐藤「食べさせましたよ!途中の喫茶店で!」

風「ちょ、言わないで下さいよ…」

あたし「良かった!逆に食べてなかったら怒ってた!」

風「愛美は!?何か食べた!?」

ジェイル「食べましたよ!俺の肉棒を!」

風「は……!?」

ジェイル「ぐがぁっ!?」



自由な足で、思いっきりジェイルのスネを半回し蹴りした。



あたし「食うかボケ!食ってたら噛みちぎって今頃お前は救急搬送されてるわ!!」

ジェイル「いだだだ……!アメリカンジョークなのに……!」

あたし「韓国人のふりした日本人という複雑な人種がアメリカンジョークなんか言うな!!」

風「あ、愛美!興奮するとエネルギー消耗しちゃうよ…」

ジェイル「あ、せっかく風愛友の分の十字架も建てて貰ったから一緒に磔される?」

風「な……!」

あたし「だめ。風は解放するって約束だよ」



風なら磔にされると言いかねない。

こっちに来るついでにひと暴れしようと考えるだろう。

風にケガをさせるわけにもいかない。



neroがジェイルの元へ行き、何か耳打ちをした。



ジェイル「そんな暇もない、か」

あたし「な、何があった?」

ジェイル「悪魔の子が来た」

あたし「は?」

ジェイル「愛美の白馬の王子様がもう着いたってさ」

あたし「え……!?」



HALが来てくれた……!!