お腹がすいていたから、とぼろぼろのシャツに短パン、汚れたスニーカーをはいている男の子が我が家の庭へ忍び込み、母が植えたヘビイチゴを食べていた。
 見たことがない子だったから、家にあげることは正直ためらった。汚されたり、家具を壊されたり、怪我でもされてはたまらない。
 帰りなさい、どこの子と問うても答えない。
 へびいちごなんか、おいしくないわよと話しかけても、じとっとした、警戒を含むまなざしで私を見るばかり。
 困ったな、とため息をついていると買い物にでかけた母が帰宅した。
「りかちゃん」
 男の子が、母の名前を呼んだ。
「ひろくん、よく来てくれたね。お引っ越ししたからもう、会えないかと思った」
「ぼく、りかちゃんはどこにいたって見つけるよ」
 そう言うと、ひろくんはポケットに詰め込んでいたらしき、ヘビイチゴの実をむしゃむしゃ食べ始めた。
「ひろくん、ヘビイチゴなんかじゃお腹がいっぱいにならないよ」
 スーパーのロゴが印字されたビニール袋から、母がすあまと、草餅を出した。
「すあまと草餅よ、好きだったでしょう」
「ありがとう、りかちゃん」
 ひろくんは、母から菓子を受け取ると、その場でビニールのフィルムをはがして、むしゃむしゃと食べ始めた。ヘビイチゴを食べるくらいだから、本当に空腹だったようで、すあまも草餅も、あっという間になくなった。
「パックジュースもあるけれど、のむ?」
「ううん、大丈夫。もうお腹いっぱい。ありがとう、りかちゃん」
「どういたしまして、いつでも来てね」
 がさごそと、短パンのポケットへビニールのフォルムをねじこみながら、ひろくんは、私と母の目の前で、すうっと消えてしまった。
「あっ!」
 驚いて、思わず大きな声で叫んでしまった私に、母は「友達よ、お腹がすいたらまた来るわ」と言った。
 
 母がまだ幼い頃に、飢え死にした友人だという。
 両親は、ひろくんを置いて夜逃げし、居所はわからなかったそうだ。
 
 生きているうちに、いろいろしてあげたかった。
 ひろくんは、すあまと草餅が、大好きな子だったのよ。
 悲しそうに空を見上げる、母の横顔がふと、少女の頃へ戻った気がした。