業、というテーマでお話しいたします。
 同級生の件、二郎はどうか気に病まないでくださいね。
 
 ガリガリになった、骨と皮膚しかない身体で物置に住み込んで、貪欲に荒らし回る。
 地獄にいる餓鬼を思い出し、小生も背筋がそっと、寒くなりました。
 
 まあ、嘘ですけど。
 
以前、おつきあいがあった出版社にご挨拶へ伺ったとき、当時小生の担当編集をされていた方が「近所にね、餓鬼がいる家っていうのがありまして」なんて声を潜めて、小生に話しかけてきましたものですから、つい耳を傾けてしまいました。
 
 彼女を仮に、Kさんとしておきましょうか。
 
 Kさんの近所には、長年連れ添った夫婦がおりましたが、つい先日旦那さんがご病気で亡くなったそうです。
 奥様は通夜でも告別式でも、気丈に振る舞って、その姿に弔問客が胸を打たれて涙するほどでした。
 
 しばらくして、Kさんは「あの奥様、どうしているかしら」とケーキを手土産に、おじゃましたそうです。
 旦那さんを亡くされた時よりも顔色が良く、良く来てくれたわねとにこにこしながら迎えてくれた奥様に、Kさんも一安心されていました。
 
 仏壇に線香を供え、手土産のケーキを「お供えしてもよろしいですか?」と奥様に訊くと、「ああ、それはいいから」と朗らかに答えるのです。
 
 普通、と申し上げてよろしいでしょうか?お客様が仏壇に手土産を供えたいと言えば、どうぞとうなずくでしょう。
 
 しかし、奥様は「主人には、必要ないんですよ」と明るく付け加えます。甘いものは嫌いだったかしら、とKさんが申し訳なさそうにしていると奥様が、「面白いものを見せてあげるから」と言うのです。
 
 目の前で、奥様が果物やスーパーで買ったお総菜にちらし寿司、サラダと次々に、料理をテーブルに並べました。
 もちろんそこには、Kさんが持ってきたケーキもありました。
 
「じゃあ、いただきましょう。そうそう、ビールもあるから」
 
 うきうきした感じで奥様が、料理に箸をつけたときです。
 
 家中から「うああああああああ、うおおおおおおおおお」と、壁を震わせるぐらい大きな叫び声が聞こえました。
 
 まるで、どう猛にお腹をすかせた獣でも飼っているような、そんな声だったそうです。
 
 驚いたKさんを前に、奥様は落ち着き払った姿で答え、食事を続けました。
 
「あれは主人よ、あたしと娘には冷や飯食わせて、外で女と豪遊していたんだから。これぐらい、当たり前でしょう」
 
 うおおおおおお、うああああああああ、うああああああ。
 
 うおおおおおお、うおおおおおお。
 
 どしーん、どしーんという、地響きするような足音も加わり、Kさんは急いで「用事を思い出しました」と告げて、失礼したそうです。
 
 
 あとで調べたら、餓鬼のなかに「食吐(じきと)」と呼ばれる者がいて、生前自分は美食を楽しみ家族には何も与えなかった人間が、地獄で化す餓鬼であり、なにを食べても嘔吐してしまい、空腹につきまとわれたままでいる、ということがわかりました。
 
 食吐と化した旦那さんに、おいしい食事を見せつける奥様。
 互いが持つ業の深さ、似たもの夫婦だなと感じさせられた次第です。
 
 さて、嘘か本当かどちらでしょう?
 
 小生の話はこれでおしまい。