ふたりでお寿司を食べてケーキを食べました。
お父さんが死んで10日が経ちました。
ある日人間ドックに行っているはずの父から「大変なことになった」とLINEが届きました。
帰宅後話を聞くと、なにかの数値がおかしいらしく再検査になったとのこと。
後日、それが癌のせいだったことがわかりました。
わたしの大好きなお父さんが死ぬわけがないので、癌は治るだろうと思っていました。
でも癌は治りませんでした。
たくさん転移して、お父さんは死んでしまいました。
この世にはお父さんに死んで欲しいと思っている子供や、旦那を殺したいと思う奥さんがたくさんいるのに、どうしてうちのお父さんが死んじゃうんだろうと思いました。
大した悪事もはたらかず、家族3人で笑いながら暮らしてきたのに、どうしてお父さんが死んじゃうんだろうかと思いました。
最後の一ヶ月、お父さんは強い痛み止めのせいでボケたおじいさんみたいになりました。
下半身がパンパンに腫れて、ひとりで立ったり座ったりができなくなりました。
それでも、毎日歌をうたっていました。
昭和歌謡からロックンロールまで、お父さんの好きな歌をうたっていました。
わたしはお父さんが大好きでした。
お父さんの大好きなものも大好きでした。
わたしの音楽好きも、お笑い好きも、映画好きも、全部お父さんから受け継いだ好きです。
これからも一生大好きでいられるものを、わたしに教えてくれたのはお父さんでした。
だからわたしはお父さんが大好きでした。
わたしにとてもとても悲しいことがあって、鬱のような状態になってしまった時、お父さんはいつも「みおは大丈夫だよ」と言ってくれました。
わたしが部屋の布団の中で毎日泣いていた時、お父さんがいつも遊びに連れて行ってくれました。
きれいな花が咲いてるところや、珍しい動物がいるところや、おいしいごはんが食べられるところに連れて行ってくれました。
だからわたしはお父さんが大好きでした。
お父さんは耳が悪いこともあって、あまり人とコミュニケーションをとる人ではありませんでした。
文章を書くのは得意だったのでSNSでは饒舌でしたが、人と喋ることはあまりありませんでした。
誰かと遊びに行ったり飲みに行ったりするようなこともほとんどありませんでした。
それでも、お父さんのお別れ会には200人以上の人が来ました。
親戚付き合いも少ないし、しっかり会社で働いたこともないような人だったのに、お父さんと最後のお別れをするために200人以上の人が来ました。
お父さんの思い出話をしている人はみんな笑っていました。
みんな泣いていたけど、みんな笑っていました。
お父さんは人を楽しませることに人生を賭けていたような人なので、みんな楽しい思い出話しかありませんでした。
だからわたしはお父さんが大好きでした。
お父さんが死んでしまってから、毎日お母さんとお父さんの思い出話をしていますが、悲しい気持ちになったことが一度もありません。
いつも笑っています。
お父さんの遺影も変顔だし、どこをとっても面白い思い出しかありません。
この10日間、お父さんに話したいことがたくさん増えました。
お父さんのお別れ会で久しぶりに会ったあの人が痩せて老けて誰だか分からなくなっちゃったんだよとか、
水戸の近代美術館で手塚治虫展やってるんだよとか、
電撃ネットワークのいつものBGMは袖にいるギタリストがその場で弾いてるらしいよとか。
さみしい気持ちに慣れてしまってもさみしい気持ちがなくなるわけではないけれど、お父さんとはたくさんたくさん飽きるほど遊びまくったので悔いは無し!
お母さんとはまだまだこれからも遊び続けたいと思います!
お誕生日おめでとう、お母さん。






