さて、
私が悩もうが、どうしようが…
陽は沈み、再びのぼるのです。
週イチで先生の診察があり。
2回目の診察の日
どうしても元の病院には戻りたくないことを必死で伝えてみる。
すると、
「あ、そう」
と、あっさり。
先生ったら、初日はあんなに厳しいことを言ってたのに
なぜか穏やかにトーンダウン?
で、結局
今回は局所とリンパと骨盤を治療し
後日
脊椎などに転移している危険なところを
治療することになりました。
(実際には後日骨盤以外の骨にも照射しました)
しばらく鹿児島での治療が中心になるにしても
地元に病院がないと
何かあったときに困るでしょうって話なわけで
それは、自分で頑張って探すことにしますと
とりあえず言ってみる。
先生曰く
「緩和ケアがあるところのほうがいいと思うよ」
ははは…
そうきましたか
しかも、微笑みながら…
「緩和ケア」なら、ついこの間まで片足突っ込んでて
やっと足抜けできたんだから、戻らないもん。
まあ、いいやどうでも。
とにかく、鹿児島での治療が
これで終わらず、次もあるってだけで
ちょっと安心してみる。
ああ、よかった。( ̄▽ ̄)=3
これが終わって地元に戻ったら
どうしようか、本気で悩んでましたから…。
フェマーラの処方や体調不良などの対応、血液検査は
鹿児島の別の病院でやっていただき
リュープリンは終了。
ゾメタは保留。(ゾメタについては後日別の展開となります)
となりました。
ということで
ある程度の局所治療をお願いすることができました。
がんをすべて消すことはできないでしょう。
でも、自分の希望は通ったのだから満足です。
鹿児島での治療がどこまでできるのか?
今の段階では分かりません。
お金の問題もありますしね。
次は
照射中の体調や副作用のことを書きますね。
。。(・ω・)/
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医師の先生はかなりのアメとムチの使い手です。初日はとても厳しいことを言われましたが、いざ治療が始まれば患者の意向をきちんと聞いてくれて、医師としても伝えるべきことは伝えてくれます。改めて思うのは、この手の治療は患者の自主性こそが全てなのだということ。「自分はどうしたいのか」これが全てなのだと、そう思います。