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「星のや」軽井沢

明日で33歳を迎えるキラキラ

32と33は
あまり変わらない気がするので

ワクワクもションボリも無い。



明日は
動物園に行きたいとお願いしたパンダ

誕生日に仕事を休んで遊べるなんて
贅沢かもしれない

雨みたいだけど・・・





去年の今頃はblogをおサボりしていたので
連れて行ってもらった
「星のや 軽井沢」の写真をUPしよう~


サプライズ旅行だったので
着いてビックリ。
あの「星のや」に来れるなんて(涙)

photo:02



なにもかもが贅沢で
一流のサービス。

photo:01



落ち着ける空間は
「もうひとつの日本」を創造したという
ブランドコンセプトの賜物。

photo:04



どこを写真で映しても
絵になる



ここで二人きりで
本を読みながら過ごした一日は
やっぱ忘れられない。




今年は貯金のため
バースデー旅行はやめようと決めた

でもいつか
子供を育てた後に

ゆっくり夫婦で来たい
そんな「星のや」。


職業

私にとってデザイナーは
永遠に「あこがれ」である。



なぜだろう
ずっとずっと手に入れたくない

近づきたいのに
遠くにいてほしい

そんな存在。



そんな存在を生業にしようと思ったのは
なぜなんだろう。






こんな、少年もいる。

小さい頃から器用に何でもできて
勉強もスポーツもいつも上位だった

学校ではいつもヒーロー。


そんな少年は大人になり
歌手になろうと決意する


私が知る限り
彼は1番不得意なものを選んだ


それは、なぜなんだろう。






人はもしかしたら
成し遂げられないかもしれない道を
自ら選んで、挑もうとする習性があるのかもしれない


満足してしまわないよう

高いところを目指せるよう

一生懸命になれるよう。




「あこがれ」や「意識」が高いほど

葛藤し、迷い、苦しみ そして喜ぶ。



ドMぢゃないけど
ちゃんと自分を追い込める部分を
無意識に感じとっていたりするのかな






こんなことを思ったのも
本の一文が気になったから。

かの有名な安藤忠雄が言った一言

「建築というものは本当に難しいもので、
たいてい上手くいかないものです。
だから、いつもスランプだと思って頭を抱えています」



あんなに有名人になっても
素晴らしい建築を創っても
スランプだなんて思っているんだ・・・衝撃。


博識で知られる安藤忠雄も
も、もしかしたら

「建築」にひどく「あこがれ」てたり
してたら面白いな。





一生かけてもなれない
私の「あこがれ」に
少しでも、手をのばしてみる。


そんな毎日の繰り返し。

バブルな女

たまに仕事をご一緒する
40代半ば~50代半ばの女性。



彼女たちには
誰がどう見てもはっきり確かに
「バブルの名残」が感じられる。



この共通点は例外をみない

いや、
私が知り合うこの世代の女性に
キャリアウーマン(社長)が多いからかもしれないが。





共通して言えるのは、まず元気がいい。
「パワフル」「活動的」「スポーティ」


そして「お酒」「パーティ」「遊び」が
今なお、大好きである。
(※今なおとは・・結婚して子供が大学生だったりする)






私世代がしてきたような
クラブ遊びや野外EVENTやコンパとは

どこか違うニオイ。



そこには
「派手に騒ぐ」「おもいっきりオシャレする」
「豪快に」「ゴージャスな男」などど

最近あまり聞き慣れない言葉もセットだ。



おおお・・・

どんな時代だったんだバブル期よ・・・


想像もつかないぜ






バブル女子は言う
「派手にさぁ、ぱーっと!遊びたいじゃん??」


私「はぁ… ぱーっとですかぁ。」

こんな会話をよくします。





そして
「めんどくさい仕事は男の子に任せちゃってさ!」と
面白いことも言う

これも男をはべらせていた名残な気もする。



でも、男がおごるのがあたりまえで
女がワガママに生きる
いい時代だったんだろうな~




羨ましいような、羨ましくないような




でも一生懸命働いて
一生懸命遊んできた
この世代の生きた証が
今の社会に貢献もしていて

なんだか、この人達は
ずっとこのままでいてほしい気もする。





日本が元気だった時代を
私たちに教えてほしい



あと10年経って、もっと経済状況が悪くても

「だって、パーティ、したいじゃん??」って

言い続けてほしい。


新しいビジネス


前々回に書いた
『デザイナーの居場所』の続き




わたしはずっとラッキーだった。


「仕事、来週ないな~」と思ったら
翌週にはちゃんと仕事が流れ込んできた

そんな4年間だった。




だから
ちょっと腰が重くて

新しいことやろう!って気にもならなかった


たくさん稼いで
ハワイや海外に何回も行ってやろうって

そう思ってた。





でも今回は
チャンスかもしれない!

そう思っていたら

自然と新しいビジネスが浮かんできた。




早速、それ関係の人と呑みにいき
話をきくと
「よく気づいたね、うまく行くと思うよ!」と
後押ししてもらった。



「投資したいくらいだ。」と言ってくれたけど

とりあえず思うままに自分らしく
進めてみようと思う。





デザイナーユニットの社長は
ちょっと先送り

1年後・・2年後でも◎






「やりたいこと」をやるために
視野を広げるのは悪くないことだし

そっから広がるチャンスも絶対ある。



これを思いついてから
ムラムラして眠れない。(ワクワクとも言う。)





がむしゃらに働くだけが
仕事じゃない。



自分の可能性をためしたり
視野を広げることだって
生きてくための手段だと思う。






こんなときは
たくさん人に会って
色々、刺激もらって


成長してやる!って
意気込んできた32歳の終盤



33歳を輝かせるのも
自分次第だ、きっと。


3.11のこと


あれから2年も経ってしまったことが
信じがたいのは

私が復興ということから離れているからだろうか…


思い出したり、願ったりすることはあっても
やっぱり自分のことで精一杯だったりする。



いろいろ言い訳しては
不甲斐なさに自分を責めたりする
その繰り返しだ。







去年、ある記事に出会い
涙が止まらなかった

今回もう一度読み返しても
やっぱり涙しかでない。



一度、読んでみてほしいのは
「震災を風化させないため」とか
ご立派なことは言えないけど

何か思う事は絶対あると思う。





「書きかけてやめた、
福島のことを、もう一度。」
永田泰大


$30 YEARS OLD




この中の文で
自分の子供を助けられなかった父親の台詞がある


「だから、俺は、親としては‥‥
 子どもを救えなかった親だから。
 助けてあげられなかった親だから。

 やっぱり、自分をね、責めてる。
 親だから、子どもは、すべてだから。

 捜索だってね、
 子どもを抱きしめたいと思って
 やってたわけだから。
 みんな、そうだと思う。
 家族見つけて、抱きしめてあげたい。
 ごめんなさい、ありがとう、って言ってあげたい。
 っていう気持ちがあってね」





神様は
乗り越えられる試練しか与えないっていうけど

こんな悲しみをかかえたまま
何を頑張れっていうんだろう。




わたしにできる事は何だろう。