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 ぼくは今日、失恋したかもしれない。好きな女の子のストーリーに男らしき人物が写っていたのだ。もうすぐクリスマスというのもあってか、ちょうど最近のぼくは完全にしゅきしゅきタイムであった。そんな恋心絶頂期に目撃した史上最悪のストーリーである。
ぼくはかなりショックを受けた。今風に言うと、『ぴえん、泣いた』である。
 しかし、心にかなりの大ダメージを受けたにも関わらず、ぼくは珍しく泣かなかったのである。
ぼくは地元でも有名な泣き虫なのだが(今まで何度も失恋をしてきたが毎回大泣きしてきた)、今回はなぜか泣かなかった。いや、我慢した。それはなぜだろう。
それはきっといくつかの要因がある。
 まず、そのストーリーに写った男らしき人物がまだ男か断定していないからだ。そのストーリーにはその人物の肩から下の姿が写っているのだが、格好は男っぽいが、全く女もするような格好なのである。ちなみにすごくおしゃれで、ぼくも好きなファッションである。もしその人物が女ならば第二の嫁に迎え入れたい所存だ。ぼくはそのファッション、好きである。
 次に、最近のぼくは完全に堕落した生活を送っているからだ。大学で一つの授業が対面で開始するにあたって故郷からまた大学の地へと帰ってきたのだが、去年できた大学の友達とはほとんど会わず、常に1人の生活を送っている。かといって、家で黙々と勉強しているわけでもなく、やっていることといったら家事と自炊くらいだ。今年も大量に単位を落とすことになるだろう(ごめん、親父、ママ、そして婆ば)。ちなみに入浴は3日に1回が我が家の家訓だ。つまり、自己肯定感が今非常に欠落していて、地の底の底を這いつくばって生きているため、もうどうにでもなれという気持ちなのだ。ぼくはまさにドブネズミだ。
 最後に、寄生獣のミギーの言葉を思い出したのだ。『人間はヒマな生物。だが、心に余裕がある生物、なんと素晴らしい。』みたいなセリフが寄生獣にあるのだが、それを思い出したのだ。ぼくはふと思ったのだ。ぼくはいま心底落ち込んでいて、生きていて史上最悪の気持ちなのだが、ぼくがこんなに悩んでる一方で、今日の晩飯にもありつけない人、戦争に苦しむ子どもたちがいま現在進行形でいるのだ。そんな人たちのことを考えると、いまの自分の悩みはなんて退屈な悩みだろう。なんて暇な悩みなんだろう。ぼくはこんなことで悩めて幸せなんだと気づいたのだ。同時に、そういえばぼくはなにも行動していないことに気がついたのだ。ぼくはまだその子に連絡もせずに、あーでもないこーでもうないと1人悩んでいた。完全にただのバカだった。人生は一度きり。勇気を出して踏み出そうと思った。
 明後日くらいに連絡を送ってみようと思う。とりあえず今日のところは、道端で倒れている見ず知らずの女の子を人工呼吸で応急処置して救うという妄想にふけってみようと思う。