8月はあっというま
まるで台風のよう
23日から始まった
7泊8日の妙高合宿が
いよいよ明日で終わろうとしていた消灯後の夜10時26分
おじいちゃんが亡くなりました。
87歳の人生でした。
年齢だけきくと
大往生したのかもしれない
夏場の食欲不振プラス脱水症状で約1週間入院していたのですが、
退院した当日に容態が急変
最期は自宅で息を引き取りました。
あまりにも急すぎて
悲しさよりも
なんで?という気持ちのほうが大きかったです。
8月7~9日まで帰省していたときにはあんなに元気だったのに。
医療関係者にとやかく文句をつけても意味がないのはわかってるけど
知識もなにもない私が発散できるのはこのような場所しかありません
母が言うには、お年寄りには強すぎる睡眠薬を1日2回も処方
薬があまりにも強すぎて自分の息子すら認識できない状態(認知の症状は自宅に居たときは見られず)
環境の変化で突発的に認知の症状が出るお年寄りも少なくないそうですが。
食事も毎日ほぼ強制的に眠らされた状態で詰め込まれる
退院当日も、眠ってベッドから起きないにもかかわらず強制的に退院
これは病院を疑って
当たり前ですよね?
強制的に眠らされて
目を覚まさないまま
おじいちゃんは逝ってしまいました
話を聞く限り
明らかに薬が
身体に合っていなかった
そして病院の手抜きともいえる処置が
おじいちゃんを死なせてしまったのではないかと疑いが増す一方です。
今の私の状態は「遺族の悲しみが病院に向いて、病院を恨むという形」なのかもしれませんが
退院当日に亡くなるということは少なからずとも病院にも患者の容態を把握できていなかった非があるのではないかと私は思うのです。
いずれにせよ寿命だったと言えば、そこまでですが…
やりきれない気持ちが遺族には溢れています。
心配性なおじいちゃん
この間帰省したときは私の就職を気に掛けてくれました
新聞大好きなおじいちゃん
毎日新聞を隅から隅まで読んで、時事知識は家族の誰よりも詳しかったです。
教員として教鞭を取る最中に出兵
千葉で終戦を迎え
地元の漁師の家庭で育った祖母と結婚
釧路の水産普及員
役場職員
保育園園長
商工会事務局長などを経て地元に尽力した人物でもありました。
そんなおじいちゃんは私の誇りです。
新潟から釧路に着くまで
色々と込み上げてくる感情がたくさんあったけれど
おじいちゃんの安らかな顔を見たら
お疲れ様
ありがとう
って感情しか浮かんでこなかったのでした
それくらい眠っているようで、少し若返ったようにも感じた顔でした。
おじいちゃん長い間本当にありがとう。お疲れ様
ゆっくり休んで、おばあちゃんと仲良くしてね
大好きなお酒もタバコもそっちでは飲み放題好き放題だと思うから笑
まるで台風のよう
23日から始まった
7泊8日の妙高合宿が
いよいよ明日で終わろうとしていた消灯後の夜10時26分
おじいちゃんが亡くなりました。
87歳の人生でした。
年齢だけきくと
大往生したのかもしれない
夏場の食欲不振プラス脱水症状で約1週間入院していたのですが、
退院した当日に容態が急変
最期は自宅で息を引き取りました。
あまりにも急すぎて
悲しさよりも
なんで?という気持ちのほうが大きかったです。
8月7~9日まで帰省していたときにはあんなに元気だったのに。
医療関係者にとやかく文句をつけても意味がないのはわかってるけど
知識もなにもない私が発散できるのはこのような場所しかありません
母が言うには、お年寄りには強すぎる睡眠薬を1日2回も処方
薬があまりにも強すぎて自分の息子すら認識できない状態(認知の症状は自宅に居たときは見られず)
環境の変化で突発的に認知の症状が出るお年寄りも少なくないそうですが。
食事も毎日ほぼ強制的に眠らされた状態で詰め込まれる
退院当日も、眠ってベッドから起きないにもかかわらず強制的に退院
これは病院を疑って
当たり前ですよね?
強制的に眠らされて
目を覚まさないまま
おじいちゃんは逝ってしまいました
話を聞く限り
明らかに薬が
身体に合っていなかった
そして病院の手抜きともいえる処置が
おじいちゃんを死なせてしまったのではないかと疑いが増す一方です。
今の私の状態は「遺族の悲しみが病院に向いて、病院を恨むという形」なのかもしれませんが
退院当日に亡くなるということは少なからずとも病院にも患者の容態を把握できていなかった非があるのではないかと私は思うのです。
いずれにせよ寿命だったと言えば、そこまでですが…
やりきれない気持ちが遺族には溢れています。
心配性なおじいちゃん
この間帰省したときは私の就職を気に掛けてくれました
新聞大好きなおじいちゃん
毎日新聞を隅から隅まで読んで、時事知識は家族の誰よりも詳しかったです。
教員として教鞭を取る最中に出兵
千葉で終戦を迎え
地元の漁師の家庭で育った祖母と結婚
釧路の水産普及員
役場職員
保育園園長
商工会事務局長などを経て地元に尽力した人物でもありました。
そんなおじいちゃんは私の誇りです。
新潟から釧路に着くまで
色々と込み上げてくる感情がたくさんあったけれど
おじいちゃんの安らかな顔を見たら
お疲れ様
ありがとう
って感情しか浮かんでこなかったのでした
それくらい眠っているようで、少し若返ったようにも感じた顔でした。
おじいちゃん長い間本当にありがとう。お疲れ様
ゆっくり休んで、おばあちゃんと仲良くしてね
大好きなお酒もタバコもそっちでは飲み放題好き放題だと思うから笑

