春めいたスキン。自分のためにセッティングして、さあ、始めよう。


今日は携帯電話、オフデイ。

"休日だから"というわけではなく、"独りになりたかったから"多分そうなんだろう。

すぐに誰かについて行ってしまうくらい、寂しがりな癖に。今日はどうしたっていうんだろう。

でも、なんだか贅沢かもなあ。


幸い天気も優れず、シンキング日和だ。



寂しがりは、独りでいるのが嫌なんじゃない。

自分でないものと、心が触れあっていたい。そういう欲が強いから。きっとそう。

だって少しでも解り合えたら、そこに高波を感じるのだから。

冷たい道を裸足で歩き続けたくらいの言いようかしら。



理屈と体、理性と欲の求めたものが一致して、応えを得たら、どんなに気持ち良いだろう。

生命とか、魂とかを論じるのは別の話として、

"人間は脳で生きている"と思う人なら皆、体だけで生きることを肯定しない。

わたしもそう。ロジックを抜いたら、人ではなくなってしまう。そう思っている。

潜在的に別物としてみている。感じている。

ふたつは、一致することがないのだろうか。

ふたつが、一致した人はいるのかなあ。 誰か、教えて。



彼は、とても難しいことを言う。

最初に、否定する。

噛み合わない、そう言う。


価値観が似ているようなのに、少し違うのかな、と錯乱する。

幻想があると言われれば、討ちつけられた気分になる。

どちらもプライドが高いのかもしれない。

でもきっと、構成が違う。

自分には、真実の足りないプライドしかない。


でも、そういうのじゃない。

どうしてこんなに、掻き乱されるんだろう。

"好きで好きで、仕方がない" そういうのじゃない。

"交わりたいのに、解り合えない"

どちらかの基点を、辿ればそれができるの?



どうしてこんなに、掻き乱されるんだろう。

話せば話すほど、それは理解して、理解されたいのに

心の指針は、マイナスに振れていく。


開いているのだろうか。

彼は開いているのだろうか。

こどもなのだろうか。わたしがこどもなのだろうか。


毎晩、寝る前の時間が楽しければ

寝る時に惜しく感じる。


毎晩、寝る前の時間に悲しくなれば

寝る時に辛く感じる。

そんな日が続いている。