はじめまして。
ブログ管理人の
フカサワサトコです。
デザインと個人ブランディングによって
売り込み続けなくても
売れていく
ファンづくりのお手伝いをしています。
今日は
わたしのこれまでの人生。と
なぜこの仕事をしているか。という
想い。
について書いてみました♪
* * *
わたしは
フリーランスデザイナーとして
40歳で起業しました。
それまではずっと
会社員デザイナーしてました。
大手メーカーから個人事業主まで
広告・販売促進の企画制作を通して
売上や集客アップ
などに携わってきました。
その期間、20年。
クライアント数は1000件以上。
世に出したツール数で言ったら、もう計算しきれません・・笑
デザイナーと言うと
かっこいい!華やか!とか言われますが
会社員デザイナー時代は
不自由、忍耐、我慢の記憶が大半です。
* * *
20代〜30歳までは
平日の80%が終電帰り、
残りは
徹夜とか二徹(徹夜を二連続 笑)とか、、
会社に籠もりまくり
ほぼ仕事だけの日々を送っていました。
さらに
32歳で娘を出産しますが
そこで退職はせず
手抜きしない育児と
時短だけど、仕事では結果をだそう。と
家庭も仕事もがんばりまくる日々を送ります。
デザインしたものは有名所もあったり
華やかに
世に出されたりもしましたが
当人は
結構ズタボロでした。。
そんな
20〜30代の頃の人生指針は
我慢!根性!負けず嫌い!弱音はかない!
でした 笑
なぜこんなわたしだったかと言うと、
我慢すれば道は開ける。
そして
会社員辞めたら死んじゃうと思っていたんです。
そんな思考が出来上がったのは
育った環境からかなと思います。
* * *
幼少期に遡ります
わたしの父は
精神病を患っていて
物事が長く続かない性質で、、
定職についていなかった(就いてもすぐ辞めてしまう)ので
家庭環境が不安定でした。
その代わり
母はずっと働いていたのですが
その姿は
楽しそうではありませんでした。
生きるためには
我慢してでも働くんだな。
お金がないと、不幸せなんだな。
って、ずっと幼い頃から思っていました。
そんな母は
わたしが25歳の時に
癌で亡くなりました。
それが
人生で初めて触れた
人の死でした。
今では
母の死のメッセージは
別なもの書き換わったのですが
当時
母の死の姿をみて思ったことは
何もしてあげられなかった申し訳なさと
生きるって
修行だ。
苦しみだ。
何があっても我慢だ。
そうやって死へと向かうんだな。
でした・・・。
そんな風に
人生観を捉えたわたしは
その後
「我慢」をスローガンに生きるように。。
徹夜で目が虚ろでも
体調不良でも、、
結婚しても
子供が産まれてからも、、
我慢
根性
弱音は吐かない
会社員は絶対手放さない
ずーーーーーと
この生き方で頑張ってきました。
でも
本音は、、、
枠に縛られるとか
真面目とか
我慢とか
人に合わせるとか
会社のためとか
評価のためとか
嫌だった。
そんな生き方やめたかったんです。
なのに
我慢思考が根強くて・・・・
そうしたら
30代後半に差し掛かった頃
人生転換を考えるきっかけとなる出来事が
次々と起こります。
* * *
2014年から2年にわたっての暗黒期。
お世話になった
デザイン会社の倒産から始まり
不妊の末の流産。。
父の病気が悪化し
それに伴う奇行により
警察や役所、あらゆる場所から
お呼び出しがかかったり
電話でお叱りを受ける。。
新たな職場では
期待に応えようと更に頑張りすぎて
通勤の行き帰りで何度も倒れる。。
家では
何もうまくいかないーーー
人生やめたいーーー
と、泣いては発狂しては
主人や子供にあたる。。
そんな事が連続して起こり、
その時は
終りが見えなくて
やりたいことが何もなくて
未来に希望も何もなくて、、
ただ我慢をし続けて
死に向かうのかな。。
とぼんやり考えていました。
そんなある日
そのモヤモヤとした想いを
誰かに聞いてもらいたい。
そう思って
初めてカウンセリングというものを受けました。
思えば、そのカウンセリングは
普段、自分が
デザイン制作の前に
クライアントにしている
ヒアリングに
親しいものでした。
いろいろな質問を受け
それに答える。
すると次から次へと
様々な自分の想いが引き出されていって、、
自分の中にはこんな想いがあって
こんなことを感じていた。
知らなかった自分を知り
気づいたことが沢山ありました。
普段、デザインする前に
どうしたいか?
を引き出すために
人には質問していたのに
自分にはあまり質問をしたことって
なかったんです。
それからは
知らなかった自分を知っていくのが
恐ろしくもあったけど
楽しくもあり、、
事ある毎に
クライアントにしていたように
自分にヒアリングするようになり
徐々に
自分に向き合いはじめました。
今、何が食べたい?
どこへ行きたい?
今日は何がしたい?
今日はどんな一日にしたい?・・・
些細なことでも
都度都度、自分にヒアリングするようになったら
自分には
やりたいことが
沢山あることに気がつきました。
これが食べたい。
→ なら、これ食べよう。
あれが見たい。
→ なら、見よう。
あそこに行きたい。
→ なら、行こう。
あの人に会いたい。
→ なら、会いに行こう。
ランチは
コンビニで買って社内で食べる
↓
公園で食べる
↓
虎ノ門ヒルズの庭で食べる(ここ、都会のオアシスです)笑
↓
虎ノ門ヒルズでランチを食べる
同じコンビニランチを食べるにしても
ちょっとずつ
食べる場所を食べるものを
心地いいと感じることに変える
といったように
小さなことから
自分のやりたい。
を叶えはじめていきました。
そんな小さなことでしたが
叶うと幸せでした。
40歳を前にして
幸せってこんなに身近にあったんだなと
はじめて知りました。
これまでの人生で
家が貧しいとか
父の仕事は○○です。
と言えないことや
子供の頃に
一回も旅行したことないとか
大学に行きたくて進学校に入ったのに
家庭環境が厳しくて諦めたこととか、、
恥ずかしくて
誰にも話したことがありませんでした。
母の死も
流産も
悲しさを思い出したくなくて
蓋をしていました。
自分の人生は不幸せだと思っていて、、
自分の歩んできた道が
嫌いで隠したくて、、
長年、ずーーっと
それらを隠す代わりに
わたしはすごいんだ、
と出来る風に
かっこ良く魅せようとしていました。
しかし
隠して蓋をして
逃げても、
外に見える自分を
別の何かで覆っても
そこにあるものは消せるわけではなくて
わたしの人生は不幸。って思っている自分は、
決してなくならなかったのです。
ですが
過去の感情を味わい
自分のことを知って
小さな自分満たしを重ねて
身近な幸せ。を少しづつを増やしていったら
いつしか
わたしって最高ーー。
って、
自分を受け入れられるようになっていました。
そうしたら
ずっと不幸だと思っていた
過去の出来事一つ一つさえも
それらがあったお陰、
わたしの宝物
と思うようになったんです。
消したくて隠していた
過去の自分も含め
歩んできた全てがわたし。
そして
わたしの魅力であり価値。
今はそんな風に
誇りに感じています。
そうして
一つ一つの我慢をやめて
「やりたいを叶える」
を実践していった延長線上に
起業というものがありました。
デザインを
会社員という限られた枠ではなく
枠を超えた先で、
大衆ではなく
まだまだデザインが届ききっていない
個人へ展開させていきたい。
ある時、
そんなやりたい想いが自分の中から湧いてきて
20年間一度も考えたことのなかった
会社員を辞めるという選択。
その声に従って動いた結果の
今があります。
怖かったフリーランスの道でしたが
コンスタントにお仕事もさせていただいていて
20年振りの
自由な時間も手に入れて、
ありがたいなと思う日々。
とは言え
正直に言ってしまえば、
会社員辞めたから、起業したからと言って
全てが順風満帆な訳でもなく
迷い、葛藤もあるし、しくじり、失敗もあります。笑
けれども
確実に言えるのは、
不幸せだと思っていた人生が
幸せだと思えるものに
変わったということ。
今やっと、
するするーっとわたしの世界が流れ出した。
それを体感している真っ最中です。
* * *
最後に
本来の自分を隠して
我慢をして
皮をかぶっていったことによって
わたしの人生
重苦しくさせてしまっていたんだなと思うんです。
それはデザインも一緒で
アレもコレもと
飾りすぎたり盛れば盛るほど
言いたい本質が見えなくなってしまう。
デザインとは
本質そのものを隠して
今より良く魅せることでも
盛ることでもなくて
削ぎ落とした先にある
あなたの中の輝きを世の中に魅せること。
そうすることで
その光に惹かれ、
選んでくれる人が集まってくるのです。
人にもモノにも皆
本来の魅力や価値があって
それらの表現手法がデザイン。
わたしは
そのお手伝いをしていきたい。
更には、その過程で
自分の魅力を知って
わたしってステキだな。
幸せだな。
と自分を受け入れて
愛してくれたら本望だし
笑顔で人生を楽しんで
豊かで最高だーー。
と言っている人を
増やしていきたいなと思っています。
そして
わたしの世界を
そんな人達で埋め尽くしていきます♡
* * *
長文にお付き合いいただき
ありがとうございます!
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