るるる〜♪ -20ページ目

るるる〜♪

つれづれなるままに。エッセイストの気分。

さっき髪の毛を切った。

担当者がいなくて、20歳ぐらいの若い人が切ってくれた。

ズボンをずらして履いてる、

若者らしい挨拶、

ひつこくなく、さっぱりしている口調。

さっぱり加減がちょうどいいから、

気を使っているんだろうな。





てきぱきてきぱき、

ものすごくさっさと仕事をする

私が、ここをこうやってね、

と言うことに

はいはいと素直に、けれど少しそっけなく答える。

もしかして注文言われるの嫌いなのかしら。

V6の岡田君に似ている。

まっすぐな目。







私は、あまりにもかっこいい男の子に、緊張してしまった。

えらく挙動不審になった。

それを彼は気がついていた。

でも気にしてませんよ、というようなそぶり。

親切ですな。






私が20ぐらいだったら、

いろいろお話するのに挑戦したかもしれない、

でも、この年だから鑑賞してたんだけど、

小1時間一緒にいたら、疲れるほど気を使っただけだった。

もったいないな。

結局それだけのことなんだけど、

40の女性と、20の男の子との会話で、

スマートに会話ってどんなんだろう。








こんな髪の毛を切ってくれるだけの縁で、

一瞬の瞬きのような彼との会話が

若いときの恋愛を思い出すようなかんじで、

大切なことのように思えてきた。








あたしは20の頃、あんな男の子に会いもしなかったのに、

どうして40ぐらいになって、

あんなかっこいい人が髪の毛切ってくれるのかしら。。。







名前もかっこよかったなあ~。

乾(いぬい)っていう方角で言えば北西のことらしいんだけど、

そんなかっこいい名前の若者でした。
みんなに聞きたいんだけど、

自分が両親から愛されていると

思ったことはあるだろうか。




たぶんどんな親も子供を愛す時間はあるだろう。

そして、実際には愛しているのだと思う。

でも

自分が愛されている!

と子供が自覚できるように、

親が愛することはできるのかは疑問。

親は愛しているという表現をなかなかしない。

親は自分と違う人間だから、

愛する表現が違うのは仕方ないのですが、

本当にわからない場合がある。









みんなの親は、自分を愛しているという表現を、

どんなふうにしているのだろう。

それを教えてほしいな。

親がどんなふうに子供を愛するのか、

とても興味があります。

そしてそれが自分の自信になってくるんだと思う。








ずっと私は、

愛されてないと思っていた。








でも今日、でもそれが違うとわかった。

なにげない時、

それがわかったのだ。









愛されてないと思うとき、自分が愛されるのに値しないと

思ってしまうでしょう。

だから少し苦しがっていたのかもしれない。
春ですね!

きついオーバーから軽いジャンパーに着替えて、

ちらほら桜が咲くころです。



そんでうちの家族が、

花の造花を作ってまして、

きれいな花輪をもらいました。

わーいわーいきれいだな!




かぶるとちょうどいいかなって、

花冠にしてみました。

花輪をつくるのは、

時間がかかるし、そしてきれいだから、

うれしかったです。

春はこんな花冠でもかぶってみたいですね!



今日は、一緒にランチを食べたんですけど、

私が、「ぐふふふ」って笑うのを見て、

そんな笑い方では、

婚活できないよ!!!と叱られてしまいました。




田舎のある人は、

何かにつけて田舎を思い出すたびに、

自分を思い出すだろう。

田舎から出てきたときに

ものすごく張り切ってきたことや、

何か希望を持っていたこと

そしてそれなりに努力してきたことを。

思い出すんだろうな。





物にもそれはしみついていて

ラグや座椅子、

よく使うものは、買ったときの自分を思い出させるから、

それを捨てるときには、

なんか昔の自分を思い出す。

希望を持っていたけど

自分の思ったように運ばなかったことがあって、

すこしへこんでいる時、

そのときの自分を考えて

すこし感傷的になる。

思い出のこもったものには、

そんな力があるね。






多分きっかけがなければ物事を理論的に、

合理的に考えるわたしだから。

本当だったら感傷的にはならないのですが、

となりに住む住人が、

共有スペースで「通ってもいいよ」と言って道を譲ってくれて、

ありがたかった。

だって、ずっと住んでいて、

この3年間、ここに住んで、はじめて

会話したから。

はじめはのっぽの厳格なおじいさんに見えた。

最初の印象はそうだったのがなつかしい。






私がいつも夜中に音楽を聞いたり、

プリインターの音がしたりで、

いろいろ隣人としてへんな行動をしているのに、

どうぞと言ってくれたことで、

それを許容してくれているとさえ思う。

今もとなりで掃除する音が聞こえるけど。

まるで

おつかれさんと言っているようにも

聞こえるのだ。

こんな掃除をしている私でも

となりのおじいさんに癒されました。





小さな癒しは毎日に転がっているんだって、

前誰かが言ってたなあ~。
今日、警察のある交差点で

2段階右折をしようとしたらとめられた。

うすうす小耳にはさんでいたのだが、

3車線のところでは、50ccバイクは

右折ができないらしい。

2段階右折をするらしい。





3車線のところは結構あるので、

そういう場所では、

左斜線を走行し、右ウインカーを出し

右折しないで直進し、

横断歩道手前で直角に向きを変え、

青になったら進む。

こんなことをしろって注意されました。

でも、

左斜線にいるときに、

右ウインカーを出せって言うんですけど、

それだけでも勇気がいることですね。。







世の中の50cc乗りの方、2段階右折は

大変ですねえ。。。。。

交差点で方向転換しているひとを

見たことないけど、、どうなんだろう。

通勤の田舎道にも、そんな場所は2箇所もあって、

その場所でそんなことをしなくては

いけないと思うと、面倒くさい。






誰かいい方法教えてください!
夢占いは、夢を見たときに、

夢で潜在意識が表示する、

さまざまな事象が何を現しているかを、

解説している占いです。



それで例えば、歯が抜けるのは、

心配事があるとかそういうこと。



それで、印象的な夢を今日見たので、

ここで書いてみよう。








電車に乗る。

ある男性とお話したくて、

同じ車両にのる。

でもお話できませんでした。汗。

それでさみしいな~って思いました。




それから、

電車を降りたら今度は港についた。

ものすごく豪華な内装を持った船

でも実際はそこだけがきれいだなって思った。

おトイレしました。

そしたら水がはねた。

リアリティあり。






そして、親戚の女性たちが先に行ってるから、

そっちについていくのに、

父方の親戚の人たちのグループがいて、

一緒にどこかに向かっている。

とにかく親戚の人たちについていく。

旅をしている。

毛布がまだ使えるのに捨ててあった。

あらっと違和感があった。







解説

電車に一緒に乗るとは、

人生を一緒に過ごしているということ。

過ごしたいと思ってるってことかな。

あと

私の夢では、船、港が出てくるときは、

何かがはじまったり、終わったりするときです。

船が出てきたら、

それは自分自身のことですよ。



父方の親類が出てくるのは、

人間関係について、

父方の親戚と同じような生き方をしているなって、

自分で思っているということでしょうね。



毛布。

これはわからないわ~

出てなかった~。
いつも、子供がいるときに、

特にスーパーでは走り回る子供が多くて、

ちょろちょろ動きすぎて、

だめよ!と言う体制になってしまいます。

ですが、今日はまったく静かな子供でした。




そのとき私は不機嫌だったので、

子供が目のはじに写った時に、

すごく強いだめよオーラを出してしまったのですが、

その子供からは、反対ににらまれました。




なんで怒るんだよ!

なんでやつあたりするんだよ!

怒りと困惑が満面に出た男の子が私に向かっている。

あら。怒った?????

うわ怒ってる!!!

(`(エ)´)ノ_彡o(゜∇゜*o)

その子の妹にも、

へんな人がいる!みたいな目で見られた。





私もそんないいがかりをつけられたこと

あったけど、

本当にくやしかったのを覚えている。

だから、そんなふうな変ないいがかりを

つけるのをやめたいと思いました。

悪くないのに怒るのをやめます!

ちゃんと直さないとだめだあ~。





やつあたりをしない生き方ってどういうの。

みんなやつあたりせずにいるのかしら。

やつあたりするのはおばさんで、

やつあたりしないのはまだましかもしれません。
金メダルを取った羽生結弦と、

韓国のスケーターの話が出ていて、

もしかして、羽生結弦の顔は韓国人好みなのかな?

なんとなく韓国人のアイドルっぽい

かんじもしなくもない。





オリンピックを見ると、一段とそう感じるのだが、

日本と、韓国と中国は

そんなに仲ば良くない。

尖閣諸島とか、竹島とか、

靖国とかいう単語が出るだけで、

すわっと空気が変わる。






でも韓国人と中国人とは

紙が黒く肌も黄色く顔が似てるし、

住んでいるところもちかい。

今までは、互いの利益や不利益を思って、

いざこざが絶えなかったのですが、

もし万が一、これが仲が良かったらどうなんだろう。

今まで考えもしなかったことだが、

政治的に仲良くすることはあるのだろうか。







いままでは、韓国中国とのいざこざが、

あたりまえであったのですが、

その原因の1つとして

韓国の教育には日本のことを

(日本側からしたら嘘を)教えていることがあり、

それが日本と韓国の仲の悪さの、

原因だと言っているブログを読んだことがあります。

そのブログには、韓国と中国の汚さを骨の髄まで

という表現がぴったりなほどに、

けなしているのですが、

もしかしたら、そのブログに必要なのはそうではなく、

仲良くなるにはどうしたらいいのか。

という内容なのかもしれない。







もしかして、韓国と中国と仲良くなることが、

世界の平和を早めるのかもしれない。

と思う。
前回のブログで、

家具の価格が高いとか、

家具の営業がだめだとか言いました。

それを母に言ったら、

買い物をする時には、たまに

カスカスの蜜柑や、だめないちごを買う事があるでしょう。

それと同じだよ。

一週間後に、その蜜柑がカスカスだったよと言っても、

だめだよ。と。

つまり買ってから何日もたってそんなこと言っても、

間に合う時と、間に合わない時がある。




それと営業が日にち後になって入金してないと言ってきたことや、(1ダメ)

実際は入金していたのに入金してないと言ったこと、(2ダメ)

それに対して、謝罪がないこと、はぐらかしが入る事。(3、4ダメ)

これは、ダメだってことにダメを上塗りしているように見えて、

営業がダメダメ人間に見えて

曇天模様の空の下にいるようだったのですが、

そんな時こそ、

会社として支払いの確認ができないんだからなんとかしてくれ。

と言えると言うのです。



勉強になりました。



そしてまた、この一連の買い物については、

安くなっているお買い得商品、セール品を買ったのであり、

それでこそ、相手がこれ以上値引かないというガンとした態度であることや、

やりとりがやりにくいという原因にもなっている。

だからセール品でなかったらこんなことはなかった。

セール品だからこそのやりにくさだろう。とのこと。

セール品でなかったら、スイスイ買えてたとのこと。

そうだな~。っと思いました。さすがだな~。

年の功~。









今日はやつがしらを煮た。

やつがしらとは、里芋の種芋らしいのだが、

分岐しないでひとかたまりになったもののことらしい、

里芋よりもほっくりと出来上がるその口溶けが、

好きです。

母が正月の後に来た時に、

日用品と一緒にくれた。

1,2kgぐらいあったその大きな固まりは、

え。と一瞬思う。

でも自分だったらとてもそんな大きな芋は買わない。

大きくて高い芋は買えない。

さすが大蔵省。

おごってもらう時にはこの名前で呼びます。

ちなみにこれは、

ヤツガシラごはんと、

ヤツガシラの煮物と

セロリのサラダです。






好物が身にしみるぜ!