こんにちは! Hiromiです
いつもご覧頂きありがとうございます
そして 素敵な一日を ありがとうございます
だいぶ春らしく暖かい日が多くなり、ヨガをしながら自然に汗を流せるいい時期になりました

先日、保育園の頃から中学を卒業するまで一緒だった友達とばったり遭遇(ノ゚ο゚)ノ
6ヶ月の子供を抱えてすっかりママに、、、

周りの友人や仲間も、私自身も、月日が流れてさまざまな経験を通して一人ひとり“今ある場所”に存在することをえらんだのだな、、、と感じます

家族や今までの支えられてきた全ての皆さんとの出会い・経験を通して、今とても内観して感じることが多く、それは心から愛と感謝の気持ちでいっぱいなのです

まだまだ人生、精進することでたくさんの私ですが、本当に物事が早く進み凝縮されている感じ



遡ってみるとそれは生まれる時から

母は私が生まれる時、予定日になっても生まれてきそうにないためお医者さんから陣痛促進剤を打たれ風船のようにお腹を膨らませ陣痛をおこしたそうです。
案の定出血し、それにもかかわらず歩いて分娩室へ、、、。(母曰くまるで宙をあるいているようだったとのこと)
私もどんだけ生まれてくるのがイヤだったのかしら

でもおかげさまで難産だったようですが、元気に今生かされております





小さい頃に割と早くから、好きなことや進みたい方向性がはっきりしていた方だと思う。
だからと言ってそれが素晴らしいかというとそういうことではない

大好きだった音楽を通して早くから大人の人とお仕事させて頂く中で、その社会の中で人間関係にもまれ、そこでのルールを学び、私はあらゆる人の目を気にして、評価を求めいい子であろうとした。
そこでの葛藤や寂しさの反動から過食へはしったりもしました。
10代の頃は特にそれが強かったように思います。
どこか一匹狼みたいなところもあって、グループに属することなくどこか一歩おいて周りを見ていた感覚です。(今もその感覚はあります
)

20代になってアホなこともいろいろ経験しましたね。いい?苦い?思い出ですが

多分、本当の意味で自分がどこに進んでいったらいいのか、生きていく道がわからなくてもがいていたんだと思います。
みんながみんな、それぞれの中での“ベストタイミング”っていう転換期は必ずあるんです。
私はヨガというものを通して、さらに精神世界への理解が深まったように思います。
それを信頼し、信じているが故に、人に利用されたこともしばしありましたが、、、私がまだまだあまちゃんだっただけで人生の教訓です。
では、ここまで来て私が感じる『自分らしさ』とはいったいなんなのか?
“私という存在を表現して生きること”
人はどこか右に倣えというようなところがあって、これが素晴らしいといえば賞賛し、蔑めば否定もする。
それぞれが何を喜びとし、何を幸せと感じるかは人によって違います。
置かれている状況の違いや、その人に備わっている能力や条件によっても違います。
幸せというものもあくまでも本人の満足度です。
ただその幸せが自分なりの満足度だったとしても、あらゆる人に共通点があります。
それは『自分らしく生きる』ということ。
こういう人になりたいなと思い描く理想、その理想に近づこうとすることは大切なことです。
一方個性というものは、この社会の中では〈他の人とは違うもの〉を個性と呼んでいますが、表面的・外面的な個性はあまり意味がありません。
きっかけはそこでいいかもしれませんが、、、
人と違うことを求めるのではなく、実は人ってみんな一緒なんだということを理解すると、そこにはあなたらしい考え方や見方があることに気づかされます。
だから私はこれからも『人が人として正しく優しく生きること』を胸に精進して私を表現し生きていきたいと思います





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今日もまた最後までご拝読頂きありがとうございます
HITUKIYOGA-akasha Hiromi's HP
生きていることに感謝、生かされていることへの感謝、人に支えられていることへの感謝。そして神仏へ生かされている喜びを精いっぱい感謝の心で表現することを胸に ~HITUKIYOGA・Hiromi~
Yoga instructor〜Hiromi〜
音叉と愛の周波数である528Hzという音の中でヨガを通して、60兆個もある細胞さんに働きかけ回復と修復を行っております
そして少しでも一人ひとりの心と身体からの調和を繋ぎ、気づきを経て日本から世界、地球から宇宙へと輪が広がっていくよう微力ながら活動させて頂いております
いつもありがとうございます
Smile&Happy
愛感謝 Hiromi