今日娘と映画を見に行ってきた。
ズートピア2
娘は1を見てなかったから
少し前にお家で一緒に見たんだけど
思いの外気に入ったようで
ずっとズートピアの曲を流してノリノリで歌ってて
今日もキラキラした目で映画見てて
本当に嬉しかった。
そんな今日
**
私は
自分が望んでるようなお金持ちになったら
何でも買えて
値札とか見ないで
何でも気持ちよく支払えて
お金のことで悩んだり
買うのを迷うなんてことなくなるんだと思ってた
だから
収入が増えて、
収入源が増えて、
そんな風に現実が動いても
まだ支払いがザワザワしたり
買い渋ったりする自分は
いつまでも変わってないような
お金持ちとは程遠いような気がしてたんだけど、
支払いがザワザワすることを
「貧乏」「お金がない」って呼んでただけで
それをやめたらいいんじゃない?
ということに思い至った。
だって、きっとどれだけお金持ちになっても
金額にビビることも
買うのを諦めることもあるはず
本当に全く諦めずに迷わずに何でも買えてこそ!それがお金持ち!
ってしてたらハードル高すぎて
いつになったら叶うの?!と思って。
ただ、「買うのをやめた」という状況を
「貧乏」と呼ぶのをやめて
お金持ちでも迷うことあるし、一旦やめることもある
「その時何を優先するか?」
なだけだし
その時、「これを買えるようになりたい!」って
願いの種にすればいいだけなんだ。
そんな風に思えて
そしたらやっとフラットな状況から願いを放つの意味がわかったというか、
それってこんな感じなのかもと掴めた気がした。
それを「貧乏」と呼ぶのをやめて
ただ今回はやめといた。
他のことを選んだ。
次は買いたい!!でいいんだ
5千円のイチジクの広告を見て
自分には関係ないって即スルーしてたところから
あ、気になってるのに
「自分には関係ない相応しくない」って今思ってた!!えー?!!?
というところに気付けるようになったのは
買えないこと、
金額にビビることが
=貧乏ってなってたから
私って貧乏なんだって知らしめられたような気がして苦しかったからで、
別にそれは貧乏と言わなくてもよくて
お金持ちでも思っていいものになったら
「イチジクに5千円って無理すぎー!!」
を存分に感じてよくなって
でも、そこで出せる私の方がいいなって
どっちでもいいけどこっちがいな!
そんな言葉ではよく聞く感覚だった。と思う。
わざわざそれを貧乏と呼ばなくていい
わざわざそれで自分を貧乏としなくていい
そんなことを思った今日でした。