$☆藍色シアンのハートアライン公式ブログ「天国ビジョンでみてみたら」

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ハートにアライン(一緒になる)することで

あなたは本来の自分がわかってきます

そのあなただけのハートブランディングを応援する

ハートアライン・カウンセラーの藍色シアンです


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悲しみや怒りという感情

これって

誰しもが あまり感じたくなくて

でも感じてしまうことですよね

それは それで

ありだって思います

だって

悲しいと感じること

怒りを感じること

それらは すべて自然なことだし

本来 それに いいも悪いもないし

でも それを やり続けるのは

いかがなものかと 思うんです

もしかすると

あれって 思った人 いるかもしれないですね

そう

「感じることと 感じ続けること」

「悲しむことと 悲しみ続けること」

「怒ることと 怒り続けること」


これって 全然違うんですよ


人には 感じるという機能がそなわっていて

それは 行動を起こすエネルギーなんだけど

だけど その感じるを 感じ続けるにすると

その役割は違ってきてしまうんです


つまり

感じたことに 人は いろいろな色を付ける始める

そうやって感じ続けるを作っているんです

そして別の色がついた分だけ

ほんとの最初の「感じる」とは

まったく違うものになってしまうことも多いのかもしれない


悲しいと感じた

これは これで本来終わり

でも悲しみ続けるために

こうやってしまいます

この悲しいは

過去の あの悲しいと

あそこの悲しい思い出と

あの悲しくさせられた誰かの記憶

そんなものと一緒だから

あの悲しいを この悲しいにくっつけて

そうそう あれもそうだったから

それもくっつけて

そしてね・・・・・・・・・

そんな いろんな「色」を

まわりに もこもことくっつけて

その内に

中身の無い もなかみたいにまわりのもこもこだけが残ってしまって

最初に感じた悲しみはなくなっているのに

そのもなかの皮を見て

あー まだわたしはこんなに「大きく」

悲しんでいるんだと思ってしまう


普段 あなたはわたしは

そんなことをして

感じ続けるってこと

やってしまっているのかもしれないですね

それがね やっかいなんです(笑)

続きます