今日は向日市でお勉強。

長岡宮の内裏正殿か再発掘されていたらしい(知らなかったが)。その関連で、向日市文化資料館で調査成果展が開催されていた。

橿原から行くと、意外と遠い。結局、JR向日町から歩く。


展覧会の展示は瓦が多いが、仕方あるまい。

その後、その関連の講演会が近くであった。

國下さんの「日本古代都城における大極殿・朝堂院・内裏」を拝聴。

当然、長岡宮を中心とするが、全体の中での長岡宮の位置付けの話。

論文にも書かれていた内容もあるが、改めて認識したことや、忘れていたことも思い出されて、勉強になる。やや、私と異なる意見もあるが、そこはまぁまぁ。

しかし、長岡の西宮の位置付けが、まだしっくりこない。単なる仮の御在所だとしても、あの場所に、あの大きさであるのは、どういうことか?