考え方の癖
”バナナもエクアドルとかあるし”
今朝、ニチレイのブロッコリーがエクアドル産なんだよ、という会話があって
マサが、”エクアドルと言えばバナナ!!”と言った。
ほうほう、確かにエクアドル産のバナナって売っている。
地理に疎い私は早速スマホで検索、
”エクアドルってここなんだね”
スマホの画像を旦那に見せると、
”バナナもエクアドルとかあるしね”とい言う。
え、、、、それって・・・・・・今さっきマサが言ったばかり・・・・・・・・。
旦那はこういう謎な発言が多い。
悪く言うと、人のネタをとるような・・・。
これに気づいたのは随分前の事で、
実は友人のYさんがそうだった。
私が考えた事をさも自分のネタのように人に話すのを何度も聞いて
嫌気が差し、その人と話すことが面白くなくなったという事があった。
その事に気づいてから実はすぐそばにいる旦那も同じ性質を持っているという事に気づいて、
気づくと気になって、気になって、もう仕方がないことになる。
それはそのうち嫌悪感にもなるのだが、
ある日、
旦那の知り合いの話を聞いた。
いわゆる旦那の愚痴だったのだが、
”それってただ単にその人の考え方の癖だよ”と答えた。
人それぞれ環境も違うし、同じ事をしてもそれを受け入れてもらえて育った人と
受け入れられない環境で育った人では次の行動が違うでしょ。
などなどと、私の考えを伝えたら、
”なるほど!!”と旦那は納得して心のもやもやが解決したようだった。
他人事でも解決すると私も嬉しい。
ところが、その説明をした私自身も
説明をしておきながら妙に納得したのだ。
”そうか、考え方の癖か!!”
癖は自分がしている事にきづかない事の方が多い。
鼻くそほじるとか、頭をかきむしるとか、小指を立てるとか・・
そういった行動的癖はわかりやすいが
心の動きの癖というのはわかりにくい。
それに気づくと
私は私自身の考え方の癖の発見も楽しんだ。
先のエクアドル産のバナナの話だけど、
旦那に私はよくこう聞く、
”ねぇ、ちゃんと聞いてる?”
私が説明しているにも関わらず、自分の話したいことを話し始めるので
私の話の結論を出してからそっちの話に行こうよという私の確認だ。
ここで確認しておかないと私の話は旦那の無意識に入り込んで
話自体がなかった事になるのだから。
つまり、マサとのバナナの会話はするりと潜在意識に滑り込み、
エクアドルと聞いて、無意識に入り込んだばかりのバナナが繋がったと思うと、他の件も納得がいく。
無意識のリピートがあるたびに
マサと目配せして楽しんではいるのですが(笑)
ある意味日常です。
よくよく考えてみるとブログの情報などは人の情報の横流しの渦。
それによって新しい発見があり、そこから新しい興味を持つという事実もあるので
それはもしかしてネット環境が簡単になり、
情報伝達としても今だからこそ必要な事なのかもしれません。
・・・あれ?今日はこういう話を書くつもりじゃなかったんだけど・・・
まぁいっか(笑)
流れるままに♪