ドラッグストアからは、マスクや消毒液が姿を消して久しい。しかし、それは決して、一般社会だけの問題ではなく、病院など「診療の現場」でも、マスクなどの物資不足が深刻になっている。
 
 感染拡大にともない、人工呼吸器やECMOなど、重症患者を治療する機器は今後足りるのか、という指摘も出始めた。現在の病院の状況、患者増加の状況について、感染症の専門家で、第一線で新型コロナウイルス感染者の治療に携わっている、国立国際医療研究センター国際感染症センターの忽那賢志医師に話を伺った。 
 
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──先生が勤務されている国立国際医療研究センターでは、新型コロナウイルス感染症の患者さんは増えてきていますか。
 
忽那医師(以下、忽那)最初は、チャーター機での帰国者が受診して、それからクルーズ船の患者さんが入院し、最近では、国内発生の患者さんが増えているところです。
 
 クルーズ船は高齢者が多く重症者の割合が高かったですが、国内発生の方は軽症が多く、軽症8割、重症2割、人工呼吸器装着となるのが5%程度です。新型コロナウイルス感染症は指定感染症なので、軽症・重症かかわらず原則入院対応となり、陽性になった患者さんは、現在、東京では全員入院しています。
 
──東京都の、感染症指定医療機関(注:新型コロナウイルス感染症のような指定感染症や、法律で定められた一類・二類感染症の患者の入院治療を担当する病院として、厚生労働大臣や都道府県知事に指定された病院)のベッドは現在足りていますか。
 
忽那  一時期はクルーズ船の患者さんたちでいっぱいになっていましたが、この2週間ほどはその患者さんたちが退院されたのでやや余裕が出ていました。しかし、ここ1週間では都内で急激に患者さんが増えている状況です。
 
(注:3月25日、都内で41人の感染が判明し過去最多の130人となり、指定医療機関のベッド数118を上回った。なお、東京都は23日、感染者の急増に備え、最大4000床整備すると発表している)
 
 今後、オーバーシュートといって、爆発的に患者さんが増える事態になると、病床が足りなくなることもあり得ます。現に、愛知や相模原では病床が足りずに自宅待機例が出ています。そうなった場合は、軽症の患者さんは家で待機をすることになると思いますが、自宅待機の場合の具体的な目安が必要になるでしょう。
 
──現在は、まだそういった目安が存在しないのですね。
忽那 ええ、厚生労働省は、3月1日、自治体判断で自宅待機も可という文書を出していますが(※1)、具体的にどう自宅待機を進めるかについては曖昧です。
 現状、入院患者の場合はPCR検査が2回陰性になってはじめて退院できるという決まりになっていますが、自宅待機の場合、どれくらいで仕事に復帰できるのか、外出はどうするのかといった目安がない。オーバーシュートが起こり病床が足りなくなる前に策定する必要があり、既にそういう動きはありますが、厚生労働省には早めに策定を進めてもらいたいですね。
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病院がいま一番困っていること
──率直に言って、臨床の現場でいま最も困っていることは何ですか。
忽那 マスクとガウンが、足りていないことです。病院によっては、マスクが一日一枚だけ、あるいは数日に一枚だけのようなことがあります。新型コロナウイルス患者さんを診察する場合、本来であればマスクやガウンは診察ごとに交換しなくてはなりません。

 われわれの病院では、東京都から支給されたりして、まだそれが可能ですが、感染症指定医療機関でも、すでにそれができなくなっている病院が出てきています。そうすると、感染防御が出来ず、医療従事者の感染リスクが高くなり、自分たちの身を守れない状況で診療しなければならないとなると、医療従事者による診療拒否も起こりかねません。
 
 マスクやガウンの支給は、患者が増える前になんとかしないと、大変なことになります。政府には、マスクの速やかな支給をお願いしたいです。

人工呼吸器はなぜ簡単に増やせないのか
──今後オーバーシュートがあった場合、人工呼吸器が足りなくなるかもしれないとの懸念もあがり始めています。 また、ここ数日で、人工呼吸器が足りないのであれば増産すれば良い、との意見がSNSを中心にあがっていると聞きます。
忽那 患者数の推移によっては足りなくなる可能性もあるでしょう(3月9日の日本集中治療医学会の資料では、全国の人工呼吸器は約22000台。
 
 人工呼吸器の管理には専門性が要求されます。人工呼吸器に精通した医療従事者の数は限られていますので、人工呼吸器の数が足りていれば良いという話でもありません。現時点では、感染の規模が医療のキャパシティを超えないようにオーバーシュートを抑えることが重要になります。
 
──同じく重症患者の治療に使われるECMOに関しては、重症患者さんを治療するのに十分な台数が確保されているのでしょうか。また、そもそもECMOとはどういった機器なのでしょうか。
 
忽那 ECMOとは、「体外式膜型人工肺」といって、血液を一旦体の外に出し、肺の代わりに血液を酸素化し、二酸化炭素を除去し、血液を体の中に戻してやることで、肺を休ませてやる機械で、一般的に、人工呼吸器と一緒に使います。
 
 ECMOは、感染対策をきちんとしながら使用できる台数としては、全国に100台もないのではないかと思われます。もちろん、この台数は、感染対策ができれば、今後増えていく可能性はあります(3月9日の日本集中治療医学会の資料では、全国のECMOは1400台程度。そのうち約150台が使用中、新型コロナウイルス肺炎への使用は3月11日時点で全国累計23例、回復12例、治療中11例。
 
 ECMOも人工呼吸器と同様に、機械の台数が足りればいいというわけではなく、ECMOの扱いに精通したスタッフが必要になります。

最前線で期待される治療薬
──日本集中治療医学会の調査で示された台数とは異なり、実際に使える台数はかなり限られてくると言うことですね。先日、HIV治療薬のカレトラの臨床試験の結果が出て、使用しない場合と比べて有意な差が見られないということでしたが
 
実際に使用されていかがでしたか。また、今後治療薬の候補はあるのでしょうか。
忽那 カレトラは、既に何人かの方に使用しましたが、効くという実感はあまりありませんでした。 この研究における症例数が十分ではないため結論づけるのは早計かもしれませんが、今後は、あまり使用されなくなっていくかもしれません。
 
 アビガンという、インフルエンザの治療目的に開発された薬は、中国で80人規模の臨床試験が行われ、カレトラと比較して、CT検査での改善やウイルス消失までの日数が短いという結果がでています。
また、早ければ4月には、国内未承認のレムデシビルの中国での臨床試験結果が出るかも知れません。国内でも、レムデシビル、膵炎治療薬のナファモスタットの多施設共同研究が、当院も含めて計画されています。
集団免疫戦略には「疑問がある」
 
──イギリス政府の発表で、集団免疫戦略が話題になりました。
忽那 基本再生算数を2.5として、国民の60-70%が感染すれば流行が収まるとする集団免疫戦略ですが、 その戦略の方向性には疑問があります 。高齢者や持病を持つ方にとっては恐ろしい病気ですから、国民がどんどん感染するようになると、死者を大量に出すことになります。
 
 わたしたちは、あくまで、発症者のピークを後ろにずらし、医療のキャパシティを超えないように、カーブをなだらかにしていく必要があります。ピークは夏よりももっと後になる可能性もあります。
 ピークを遅らせつつ、ワクチンや治療薬ができるのを待つのが重要です。ワクチンは、米国国立衛生研究所(NIH)が先日第1相臨床試験に着手、開発が急ピッチで進められる可能性もありますが(※6)、免疫がつかないこともあり、複数の種類のワクチン開発を進めた方がいいと思いますし、まだどうなるかははっきりしません。